負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう崖っぷちの映画録。また、たまに<映画をエンジョイ英語もエンジョイ>と題して、映画の実際のスクリプトを原文と翻訳でご紹介。英語学習気分もちょっぴりどうぞ!

負け犬も絶望したら踊るのか「母なる証明」

突然の息子の逮捕。母と子の、たった二人きりの世界が壊れた時、母が身を投じ戦うその姿に慟哭し涙する!

(評価 85点)

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世界が認めた才能ポン・ジュノの、今さらながらの天才ぶりに驚嘆し、テーマや人間を掘り下げるその洞察力の深さに感嘆する。そして、最後には己の魂が震えていた。

 誰にとっても何処までも深く尊く、そして偉大なる母という存在をテーマに据えて、最後まで目が離せないサスペンスにポン・ジュノが仕立て上げた傑作。一体、このポン・ジュノという監督の才能に限界などあるのだろうか?

 知的障害のトジュン(ウォンピン)を気遣いながら暮らす母。しかし、ある日、町の高校に通う一人の女子高生が殺され、その死体が屋上に晒されるという猟奇事件が発生。殺害時刻に、少女の傍にいたトジュンに殺人の容儀がかけられ逮捕されてしまう。トジュンの親友で、悪友でもあるジンテ(チン・グ)から、少女の交友関係が怪しいと言われ、トジュンの母親は、たった一人で真犯人を突き止める決意をする。

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 韓国の人気スターのウォンピンが演ずるトジュンの振る舞いは、冒頭から純真無垢そのもの、殺害現場近くにいたのも、酒に酔った帰り、たまたま見かけた被害者に興味を持って、のこのことついて歩いていただけなのだ。現に殺害現場から、一旦、トジュンが立ち去ったところで、シーンは犯行後の翌日、いきなりトジュンが逮捕されるシーンに切り替わる。

 たった一人でトジュンを育て上げることに人生を費やしてきた母親が、息子の無実を信じて疑わなくなるのは、誰が見ても一目瞭然に見て取れる。この母を演ずるのが、韓国映画界の大ベテラン、キム・ヘジャ。本作におけるその演技は圧巻そのもの。そして、この母が、イントロの登場時、いきなり踊るのだ。草原を呆然として歩くキム。そのキムが何かに憑依されたかのように踊り出す。このファースト・シーンには誰もが驚くに違いない。だが、このシーンの意味が、最後にちゃんと明かされる。時間の順序を巧みに操り、散りばめた伏線を鮮やかに回収していく、ポン・ジュノ自身がいつものようにオリジナル・ストーリーまで手掛けた脚本もまた見事の一言。

 韓国映画史上に燦然と輝く傑作「殺人の追憶」を見て、バットでブン殴られたかのような衝撃を受け、負け犬がもっとも好きな作品、ポン・ジュノの劇場映画デビュー作「ほえる犬は噛まない」でこの監督が、天才以外何物でもないことを確信した後、次作を何よりも楽しみにしていた。しかし、待望の次回作「グエムル」は、実は初見の際、大いに落胆した。アニメ・ファンたちからは、「機動警察パトレイバーⅢ」のパクリとも叩かれたこの「グエムル」だが、何よりもガッカリしたのは、まるでハリウッド進出を意識したかのような、エンタメへのいらぬ色目のようなものだった。やっぱりポン・ジュノには、韓国に根差した、ホーム・グラウンドでしか作れないものを期待してしまう。そのギャップからか、韓国の、それも田舎という、土着に帰って放ったかのような本作も、公開時にも見に行かず、レンタル・リリースされてからも長らく見ることはなかった。しかし、ひょっとしてとの思いで手に取ったら、やっぱりポン・ジュノの才能に打ちのめされたのだ。

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 司法取引をそそのかされ、ジンテにも金を無心され、一文無しになりながらも、ただトジュンの無実を信じて、少女の交友関係を追う母。そして、とうとう、殺された少女が持っていた携帯を入手することに成功する。その携帯には、少女と肉体関係を持っていた男たちの写真が保存されていた。トジュンにそれを見せるうち、ついに犯行時、トジュンと同じく現場にいた男をトジュンが識別する。その男は、母もたまたま通りすがりに見知った男だった。遂に、事件の核心を握る、その男との対面を果たす母。だが、そこで知ったのは、余りにもむごい、衝撃の事実だった。

 母がそこで咄嗟に出た行動、そして明かされるファースト・シーンの意味。それはポン・ジュノというとてつもない才能を持つ一人の監督の、人間と、その人間が生きる人生を見つめる目そのものでもある。

 何よりも凄いのがエピローグ。親孝行ツアーなる旅行にバスで出かける母。その母にトジュンはある物を手渡す。それを見て慄然とする母。しかし、ディスアビリティーとして社会生活でハンデを背負ってしまっているトジュンには、その意味すら分かっていない。バスの中で酒に酔うツアー客の中でただ茫然と一人座っていた母が、ここでいきなり立ち上がり、再び狂ったように踊り出す。キャメラは超望遠レンズとなって、逆光のシルエットとなって踊る母の姿を捉えて映画は終わる。

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 この逆光のエンディング。これを見た時、ポン・ジュノという監督の才能の余りの巨大さに背筋がゾッとした。人間は絶望したら、どんな行動に出るのか?各人各様、想像するに違いない。ポン・ジュノという監督が出した答えは、人間は踊るという回答だ。人間は絶望したら踊るしかない。まさに人生という皮肉に踊らされる人間そのものの姿ではなかろうか。

 ポン・ジュノは、この後も、作品を作り、とうとう国境を越えてアカデミー賞という栄誉を手にした。しかし、ポン・ジュノの才能は、まだまだこんなものではないはずだ。

 ポン・ジュノが人間を見つめる目は、常人が計り知れないほど何処までも深いのだから