負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう崖っぷちの映画録。また、たまに<映画をエンジョイ英語もエンジョイ>と題して、映画の実際のスクリプトを原文と翻訳でご紹介。英語学習気分もちょっぴりどうぞ!

負け犬は肉を切らせて骨を断つ「サムライ」

孤狼の殺し屋の不動のイメージの先駆にして、メルビル・ノワールの金字塔。

(評価 78点)

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サムライの心得である、死に場所に向かって俯きながら歩くドロンがこの上もなくカッコいい。孤狼の美学のカタログのような名作。

 孤独、寡黙、ストイック。ファーストカットの、薄暗い部屋のベッドで一人横たわるドロンが、起き上がり、身なりを整え、鏡に向かって、かぶったソフト帽のつばに指を走らせた瞬間、ノワールにおける孤狼のヒーローのスタイルが決定づけられた。

 既にハードボイルドなノワールで、その地位を確たるものにしていたジャン・ピェール・メルビルが、大スターのアラン・ドロンと初めて組み、その地位を不動なものにした本作は、とにかくドロン扮する殺し屋ジェフのスタイルや立ち居振る舞いを堪能するだけの、いわばカタログ映画といっていい。

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 ジェフが殺しの依頼を遂行する、その足取りを、丹念に追っていく冒頭のシークェンスから、ナイトクラブでの仕事の際に、クラブの歌手に顔を見られたことから、警察にマークされ、やがてクライアントの裏切りに会い自滅していくまで、その展開は、決して奇をてらうことなく、ストイックなまでにオーソドックスに徹している。

 しかし、そこにトレンチコートに身を包み、ソフト帽を目深に被って、黙々と歩くドロンのシルエットを焼き付けるようにリフレインすることで、本作は、何度見てもシビれるような、まさしくフレンチ・ノワールの、まぎれもなくトップに君臨する作品になり得ている。名キャメラマンアンリ・ドカエの冷たく硬質なルックスの映像。その中でパフォーマンスされる、孤狼の生きざまというものが何かを、全てわきまえきったようなドロンの一糸乱れぬ立ち居振る舞い。それは、まるで日本の舞踏の振り付けを見ているようでもある。

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 豊かなイメージで膨らませるプラスの映画もあれば、全てのムダをそぎ落とす、まさに日本的なマイナスの映画もある。ジェフが生活を共にする唯一の生き物が、鳥かごの一匹のカナリアのみという簡素そのもののカリカチュアが、そのミニマムなマイナスぶりをはっきりと物語っている。この凛とした様式美のインパクトに、優れた美的センスに敏感なクリエイターたちが、魅せられないわけはない。

 アクション映画の御用達みたいなウォルター・ヒルも、まさに、この「サムライ」をなぞるようにして、あの傑作「ザ・ドライバー」を撮り上げた。他にも、この「サムライ」に感化された映画を挙げだしたらキリがない。しかし、そのメルビルとて、かつて自分が見たジョン・ヒューストンのギャング映画のモデル・ケースのような「アスファルト・ジャングル」が忘れられずに、その思いの丈をぶつけるように、もう一つの傑作「仁義」を撮り上げた。

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 思えば映画の創成期から、絶対に欠かすことが出来ない一ジャンルとしてノワールというものは、あった。何故なら、映画というものはそもそも、スクリーンに投影される光と影の幻影そのものなのだから。白と黒のコントラストの世界で人間の欲望と破滅がせめぎあう、その世界ほど、永遠の影絵である映画の世界にふさわしいものはない。

 だから、ノワールというものに人は惹きつけられる。言葉の壁を越えて、世界中のクリエイターたちがノワールを合言葉に越境する。

 コーエン兄弟をはじめ、ノワールなテイストを作品に取込み、独自の世界を展開する作家たちが、今も絶えないことは、筋金入りの映画フリークとしては、実に嬉しい。思えば、生き方そのものがオフビートなジム・ジャームッシュもこの「サムライ」へのオマージュとパロディがミックスしたような「ゴースト・ドッグ」を作っていた。武士道の心得を説く実在の書物『葉隠』がそのまま引用される、その「ゴースト・ドッグ」では、太めの殺し屋、ゴースト・ドッグが、ウータン・クランのラップをBGMに、カナリアならぬ伝書鳩で指令を受けては殺しを遂行する、ノワールジャームッシュ・テイストが融合した何とも心地よい空間が展開された。

 『葉隠』の一節、武士道と云うは、死ぬ事と見つけたり、のキャッチフレーズがピッタリのこの「サムライ」のドロンは、トレンチコートを身にまとい、今日もどこかの裏通りを歩いているのだ。そして、またきっと新たな才能が、そのドロンのシルエットにインスピレーションを受けて、新たなノワールを作ってくれるに違いない。死ぬ事が人並み以上に怖いヘタレな負け犬は、いつもそうした作品との出会いを待ち望んでいるのです。