負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう崖っぷちの映画録。また、たまに<映画をエンジョイ英語もエンジョイ>と題して、映画の実際のスクリプトを原文と翻訳でご紹介。英語学習気分もちょっぴりどうぞ!

負け犬がパンドラの箱を開ける時「キッスで殺せ」

これは誰もが覗きたくなる不思議な箱。最後に明かされる箱の中身にポカンとし、キツネにつままれること請け合いのカルト・ノワールの珍作

(評価 65点)

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漢映画の巨匠ロバート・アルドリッチが、既成のスタイルによる束縛の憂さを晴らすかのように作り上げたノワールの世界はカルトと呼ぶにふさわしい怪作だった。

 ジョン・ブアマンやマイケル・リッチーなどを筆頭に、若く才気溢れる監督たちの興味を惹きつけて止まないジャンルがある、ノワールの世界だ。そして、その魅惑の世界の箱のフタを、自らの手で開けるチャンスを手にした作家は、決まって、思う存分に自分の感性をその世界に羽ばたかせたくなるのが常らしい。その証拠にジョン・ブアマンは「ポイントブランク」を、マイケル・リッチーは「ブラック・エース」という、いずれ劣らぬぶっ飛んだ怪作ノワールをこの世に送り出した。

 あのスピルバーグがそうであったように、TV畑から、そのキャリアの歩みを始めた野心に満ちた監督が、TVのフレームサイズに収まりきらなくなるのは当たり前の話。既にTVドラマだけでなく、劇場映画への進出を果たしていた若きアルドリッチも、まさしくそんなストレスをくすぶらせていたのではないだろうか。そして、まさにその時、粗悪な紙の匂いと手触りが充満している雑誌に、ミッキー・スピレーンのハードボイルド小説が掲載されているのを見たに違いない。

 その時代、掃いて捨てるほど作られていた、やたらとキザで威勢のいい探偵が、その腕っぷしと、銃だけで事件を解決していく、三文小説を絵にかいたような安っぽいフォーマット。しかし、粗製乱造され、大量消費されるそのフォーマットゆえに、必ず要求される興行性と作家性の両立が見込めるに違いない、ミッキー・スピレーンの原作を手にしたアルドリッチは、そう踏んだような気がする。

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 それほどまでに、この「キッスで殺せ」は、どこか異様で奇妙なテイストに満ちている。とはいえ、本作は、怪作テイスト満載の「ポイントブランク」や「ブラック・エース」とは違って、その強烈なオープニングを除けば、ラストに至るまで、ある意味、おとなしくハードボイルドなノワールの路線にのっかってはいる。奇妙なテイストを発散しているのも、そのキャメラ・アングルやカット、そしてシーンの構成といった映画の文法上での表現にとどまっている。

 典型がそのオープニング。いきなり映し出されるアスファルトの路面を裸足で走る女の足のアップ。そして、助けを求める女が車のヘッド・ライトに照らし出される。その同じカットがリフレインされることで生み出される異様なインパクト。三回目に女が照らされたヘッド・ライトの車に乗っているのが主役のマイク・ハマー(ラルフ・ミーカー)で、カー・ラジオから流れるナットキングコールの甘い歌声とともに、女を拾ったハマーと助手席の女が背後から映っているそのスクリーンに、上から下に流れるタイトルバックがかぶっていく。これがただのフィルム・ノワールでないことは、インパクトも抜群のこのオープニングが、のっけから高らかに宣言している。

 これもノワールの常識で、明らかに誰かに負われている女は、運転するハマーもろとも、何者かに捕まり、拷問された挙句、殺される。その間、意識を失っていたハマーが、その謎を追うことになる。どこから見てもノワールの常套のような本作にあって、ノワールならではのハイコントラストのブラックアンドホワイトなモノクロの魅力が絶品なのも、また確か。

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 女殺しの嫌疑をかけられつつ、自らも怪しい奴らに狙われ始め、辿り着いたのが、ソバーン博士という一人の男だった。そしてソバーン博士の足取りを追うハマーは、ロッカーに隠された一つの箱にめぐりあう。

 女を殺した連中も、その箱を追っていたことが分かり、ハードボイルドの名作「マルタの鷹」よろしく、その箱をめぐる争奪戦がはじまる。

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 しかし、争奪戦といいつつ、本作の展開はいたって地味。本作が、カルト・ノワールとして伝説的な作品となっている、その本領を発揮するのは、本当に、最後の数分間のラストこそなのだ。

 ハマーから箱を奪い、箱の奪取に成功した男と女。決して箱を開けてはいけないという男を殺し、欲望にとりつかれた女は、傷ついて横たわるハマーを尻目に、とうとう箱のフタを開けてしまう。そして、その中に入っていたものとは・・!

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 あのデヴィッド・リンチが「マルホランド・ドライブ」にそっくり借用したとのウワサも高い、このエンディングには、誰もが呆気に取られるに違いない。箱の中身だけではない。まさにデヴィッド・リンチも真青の、何の解決も提示しない、その徹底した投げっぱなしぶりにはただ唖然とするしかない。ここには、ある意味、50年代という米ソ間の冷戦のパラノイアに満ちた時代そのものを皮肉って、嘲笑するアルドリッチの作家としてのしたたかなスタンスが現れている。

 ラスト、箱を開けるなと忠告した男が言及したのは、この箱がまさにパンドラの箱そのもので、一度、開けたら最後、魔女のメデューサに見つめられた人間のように石と化すという。この映画のエンド・マークを見て、まさに動かざる石の如くただ茫然とするしかない我々は、まさにアルドリッチの術中にはめられてしまっているのでしょう。

 ノワール好きの方、アルドリッチ好きの方、それにカルトが好きなひねくれた方にはもってこいの、見ておいて損はない怪・怪・怪作なのは確かですよ~