負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬は我が家を目指す「フォーリング・ダウン」

やさぐれたリーマンをナメるなヨ!塩対応にもウンザリだ!とにかくオレは家へ帰りたいだけなんだ!サラリーマンが家に帰って何が悪い。これぞハイパー・テンションムービーの痛快作

(評価 85点) 

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夏になったら見てしまう。夏でなくても見たくなる。ただ面白いだけじゃない、社会性があって、主人公のキャラクターに自分をシンクロさせて思わずのめり込んでしまう。そんな映画があったら最高ですよね。それなら、どうぞ、と薦めたくなるのが本作と言えようか。

 世の中、兎角、イライラすることばかり。店に行っても、コール・センターにしたって塩対応ばかりで腹が立つ。これは、うだるような夏の午後、突然、ブチ切れた一人のサラリーマンがテクテクと歩いて家に帰る、ただそれだけの話。しかし、ただ歩いて帰るだけでは済まなかったという話。

 角刈りに白のカッターシャツ。キッチリとネクタイを締めたサラリーマン。そのポケットにはズラリとボールペンが並んでいる。ポツンと立ち尽くすそんな一人のサラリーマンが手にするのはアタッシュケースとショットガン。本作のシュールきわまりないそのポスターイメージに惹かれ、初日に見に行った本作。劇場はガラガラ。

当時、大阪にあった大劇場、梅田東映パラスの広い館内の前方には、まだ朝といってもいい時間帯なのに酒でも飲んでいるのかと思われる場違いな一人の中高年のオジさんが(今ではすっかりこっちが中高年になっちゃいましたが)やさぐれた風情で足をすっかり投げ出して、手をパチパチ叩きながらふんぞり返って座っている。そんな不思議な雰囲気のまま映画は始まった。

 一人のトラッカーがある日プッツんして、突然、周囲の車を大破させながらトラックを暴走させた。アメリカで起こったそんな些細な事件に着想を得て一気呵成に描き上げたというオリジナルスクリプトに基づく本作はその脚本がとにかく秀逸なのだ。

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 ベタ止まりの渋滞で立ち往生し続ける車の中、一人のサラリーマン(マイケル・ダグラス)は突然、何もかもイヤになり、そのまま車を乗り捨て歩き出す。目指すのは別れた妻子が暮らす自分の家。その車のナンバーからD-フェンスと呼ばれるようになる男は、渇き切ったのどを潤そうとコンビニに入る。コンビニの店主はコリアン。その店のドリンクの値段がやけに高い・・クソ~イラつく。マイノリティのクセにやたらデカい顔している店主も妙に気に食わない。そこで店主に噛みつくが、取り合いもしない態度に腹を立て、ちょっと暴れてみるが収まらず憤然としながら店を出る。その時、手にしたのが店主ともみ合ううちにたまたま持ち帰ってしまった小ぶりなバット。そのバットをアタッシュケースに収めD-フェンスは一路、我が家を目指して歩き出す。

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 本作の監督はジョエル・シュマッカー。シュマッカーには、これもスクリプトの出来栄えが素晴らしかった「フォーン・ブース」という傑作があった。あれもわずか数時間の出来事だったが、本作もD-フェンスが家に辿り着くまでの数時間の出来事。しかし、その道程で事態が雪だるま式に大きくなっていくプロットが抜群に面白い。

 D-フェンスはその後、チンピラに絡まれ、バットの代わりにナイフを手にする。その時、逆襲されたチンピラたちが激昂し、D-フェンスめがけてマシンガンを乱射するが、周囲が騒然とする中、D-フェンスは傷一つ負わず、逆に街灯に激突し大破したチンピラの車から引きずり出したカバンに入った銃器をゴッソリ持ち出し、何食わぬ顔で歩き出す。

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 バットからナイフ、ナイフから銃へといった具合に、何だか人間が手にする武器の進化のショート・ヒストリーを見るかのような。はたまたゲームのキャラクターがレベルの高いアイテムを手に入れてゴール地点に向かって突き進んでいくのを想起させるようなシュールそのものの導入部には何度見ても興奮させられる。

 警察に訴えにきたコンビニの店主を担当したのが、その日が定年退職当日のブレンダガスト(ロバート・デユバル)。ロクに銃を握ったこともないその老いぼれ刑事のブレンダガストがD-フェンスを追うことになる、という王道の展開にも興奮させられ放し。

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 D-フェンスが妻子に愛想を尽かされたのも、別に過激なDV夫だったからでも何でもない。どうやらただ神経質な癇癪が過ぎてしまっただけらしい。でも、現代は、それだけでも立派に離婚が成立する理由にもなるようで。また、解雇された元勤務先が軍需産業の工場で、今では年を取ったお母さんと暮らしている。そのお母さんの唯一の趣味が、脆くもコワれやすいガラス製のペットのフィギュアといったシンボリックなディテールが実に巧みだから無理なくキャラクターに感情移入出来るところがいい。

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 シンパシーの最高潮は、おそらくこのシーン。とあるマックに立ち寄ったD-フェンスがオーダーしたモーニングメニューを、そこの店長は時間が数分過ぎただけで頑としてランチメニューにしか応じない。その塩対応にブチ切れたD-フェンスは思わずマシンガンを振りかぶる。マニュアル対応しかしない塩対応にイラついた経験がある人ならこのシーンで誰でも快哉を上げたくなるのではないでしょうか。

 ラストはブレンダガストとの一騎打ちのショウダウンで、ジ・エンドを迎えるD-フェンス。映画が終わって館内から出る時、始まる前は威勢よくやさぐれていたあの中高年のオジさんが、自分の末路を垣間見たようにやけにしょんぼりしていたのが何だかオカしかった。

 何はともあれ現代社会に憤怒、一発喝を入れてやりたいという方には是非ともお勧めですヨ~