負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬が写真を撮ったらギョッとするものが写っていた件「欲望」

優れた才能は共鳴し合う、前衛的でアブストラクトな映画のテイストとサスペンス映画の面白さが絶妙に共存する巨匠ミケランジェロ・アントニオーニのモード・サスペンス

(評価 78点)

f:id:dogbarking:20220311054324j:plain

 



共鳴し合う才能

 映画は折衷主義の芸術だ、と公言し、ヒッチコックの映画のエピゴーネンを堂々と作り続けたブライアン・デ・パルマの代表作でもあり、あのタランティーノがマイベストに必ず挙げるサスペンスの傑作「ミッドナイト・クロス」。そして、あの映画史上に燦然と輝く「ゴッドファーザー」で今尚、トップランクの監督に位置し続けるフランシス・フォード・コッポラ、そして、そのコッポラがもっとも才気走っていた時期にカンヌでグランプリを獲得した、これもサスペンスの傑作「カンバセーション盗聴」。この二つの傑作をインスパイアするに至った作品こそが、今回のアートジャンルの映画監督の巨匠に位置するミケランジェロ・アントニオーニの代表作「欲望」なのです。

 「ミッドナイト・クロス」にしても「カンバセーション盗聴」にしても誰が見ても一目瞭然、本作にインスパイアされたことは明白で、現に、どちらの監督も自身で、本作に触発されて両作品を作ったことは公言もしている。「ミッドナイト・クロス」に至っては、その原題が「BLOW OUT」で本作の「欲望」の原題が「BLOWUP」だから、もう血縁関係とも言っていい。

 では、本来エンターティメント志向のはずのデ・パルマやコッポラが、このいわばアブストラクトなアート志向の作品の何にそこまで触発されたのでしょうか?

 

dogbarking.hatenablog.com

 

 

「欲望」とは・・

売れっ子のファッション・カメラマンのトーマス(デヴィッド・ヘミングス)はその才能に任せて、ブロンドの可愛い子ちゃんをスタジオに招いては、自由奔放な暮らしを謳歌していた。そんなトーマスがある日、公園で被写体を探すかたわら、いたずらに写真を撮っていると、たまたまフレームに収まった公園のカップルを見定め、そのカップルの写真を何枚も盗撮する。カップルの女性ジェーン(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)がトーマスの行為に気付き、ネガをよこせと難くせをつけてきたことから言い合いになるが、カップルの男性の方がいなくなっていることに気付いたジェーンもそのまま走り去ってしまう。さて、スタジオに帰ったトーマスがそのネガを現像してみると、何やら妙なものがフレームに写っていることに気付き・・・。

f:id:dogbarking:20220311054421j:plain

 こんなシノプシスの本作だが、本作がある意味、ユニークなのは、如何にもサスペンス風のプロットなのに、この後、本作が一向にサスペンスになることもなく、ただ主人公のトーマスがドリフトするように映画本編中を浮遊し、映画自体も、何処にも着地することなくただアブストラクトなまま、終焉を迎えてしまうところ。しかし、それで煙に巻かれるままなのかというと、決してそうではなく、それが何とも心地よかったりするのが、本作、最大の魅力でもあり、本作が、アート志向のあのカンヌ国際映画祭で見事、グランプリに輝いたゆえんなのだ。そして、それは、ひとえに、ミケランジェロ・アントニオーニの映画の最大の魅力と言っていい。

 

映画におけるプロフェッショナル

 その映画が面白くなるかならないかは、その映画にプロフェッショナルなキャラクターが出てくるか出てこないかが分岐点となる、という名評論で、この負け犬を感銘させてくれたのは、あの映画評論家の荻昌弘氏だったが、いかにもアートジャンルの本作が、俄然、エンターティメント志向のベクトル的面白さを発揮しだすのが、何処から見ても、ただのプレイボーイにしか見えないトーマスが、ネガのフレームの中に写る何かを見つけ、現代通りにネガを拡大(BLOWUP)して何枚も拡大プリントする作業に没頭するシークェンス。

f:id:dogbarking:20220311054440j:plain

 本作にインスパイアされたコッポラの「カンバセーション盗聴」には、盗聴のプロファッショナルのジーン・ハックマンが、たまたま録音したテープの会話に、奇妙なフレーズが混入しているのを聞きつけ、アナログのテープレコーダーを何度も再生し、ノイズをクリアリングするメカニカルな作業を描くシークェンスがあった。

 そして。デ・パルマの「ミッドナイト・クロス」には、これも音響効果マンのジョン・トラボルタが、たまたま録音したテープに混入していた車のパンクの音に気付き、その音と雑誌に掲載されていた、パンクによる自動車事故の連続したスチル写真をアニメのコマ撮りのメソッドでショート・ムービーの動画に仕立てるというプロフェッショナリズムに満ちた見事なシーンがあった。

 どちらも映画本来の映像の魅力に満ちた、とてつもなく官能的な名シーンだが、いずれももとはといえば、本作「欲望」でトーマスがネガをブロウアップする、このメカニカルなシーンをコッポラやデ・パルマが咀嚼して自分なりに置き換えて作ったものなのだ。

 いずれにしても、映画はプロフェッショナルが出てくれば面白くなるということを、そのまま体現してのけた名シーンでしょう。

 

見えるもの見えざるもの

 本作「欲望」が描くのは、見えるもの見えざるもの、という映画本来の本質的なテーマだ。オープニングに出てくる白塗りの異様な集団が、エンディングにもまた唐突に現れ、ネガの謎に翻弄されるままのトーマスの目の前で、見えないボールと見えないラケットでテニスの試合をするパントマイムを延々と繰り広げる。

f:id:dogbarking:20220311054547j:plain

 映画は、それをボンヤリと見つめるトーマスでエンディングとなるが、それは、映画とは本来、キャメラが捉えたものをスクリーンに映し出すものだ、とい根源的でプリミティブなテーマをシンボリックに表現したものに他ならない。

 そういう意味で本作は、もっとも純粋な映像体験が出来る稀有な作品であり、かつデ・パルマやコッポラがインスパイアされた源泉を興味深く垣間見ることが出来る貴重な作品なのです。