負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬のエロいメイドがハイソなご主人と交尾したら異様なホラーになった件「ハウスメイド」

下層階級の負け犬女が突きつける不貞の代償で上流家庭が激震するオーソドックスなドメスティックホラーもたまには意外とイケるかも

(評価 70点)

ひょんなことがきっかけで、誰も知らないような作品にスポットライトが当たることがあるもので。たとえば韓国の俊英ポン・ジュノが一躍、世界を制したあの「パラサイト半地下の家族」。そのポン・ジュノが「パラサイト~」に色濃く影響を受けたとして言及したことから映画史の忘却の底から浮上した一本の映画がある。

 1960年にキム・ギヨンが発表した「下女」である。

 1960年といえば、韓国映画のマーケットでの認知度など皆無に等しく、現在のような、韓国映画の世界マーケットでの隆盛ぶりなど誰一人として想像もしていなかった時代。

 50年代から、逝去する90年代まで、コンスタントに作品を発表し続けた、韓国映画史の生き証人のようなキム監督のフィルモグラフィでもエポックメイキングな作品として「下女」がその名を留める作品だと云うことを、この負け犬も「パラサイト半地下の家族」からのリンクではじめて知った。

 とくればムラムラと見たくなるのが人情というもの。そして、こういう時に何よりも有難いのがYoutube。ネット文化の恩恵に感謝しつつ、高画質、字幕付きで見れるその「下女」を見てみた次第。

 その体裁はといえば、紡績工場に勤めるロウアークラスの主人公が、中流階級のピアノ教師の家に下女として仕えることになり・・以降の展開は、ある意味、絵に画いたような、ドロドロとした家庭内メロドラマの典型と言える。

 当時の韓国映画らしい几帳面な作劇、モノクロームの画面にも、まだ軍国主義の色が濃かった当時の韓国の世相が滲み出ている。

 だが、この「下女」が当時の映画界に衝撃を与えたのみならず、今日まで語り継がれる所以というのも、本作を一見しただけでは何となくピンとこなかったのもまた事実。

 とはいえ、各界映画人からの本作への傾倒は殊に厚く、あのスコセッシも本作のレストアに尽力したなどと聞けば、まずは下女というタイトルが記憶の淵に残ったことは確か。

 そんな矢先、映画製作システムがすっかり現代にモダナイズした韓国映画界が、本作をリメイクしたのが「ハウスメイド」。

 その妙にエロいポスタービジュアルからは、あの「下女」のリメイクだとは想像つかず、韓国のエロチック路線の一本としてアンテナにもしばらくかからず、まるで見ないまま放置していた本作をようやく見てみた次第。

 すると、さきに原作の「下女」を見ていたこともあり、所々でモデルチェンジが図られているディテールが要所で楽しめ、意外と面白かったというのが素直な感想。

 更には、リメイク版を見たことで、原典の「下女」が、どうして当時、先鋭的且つ衝撃的な作品だったのかがおぼろげながら理解もできた。

 リメイク版のモデルチェンジの最たるところは、ポスタービジュアルのアピール通りのエロ描写。これは当然と言うべきか。60年代の韓国映画界といえば、厳然たる検閲があったことは想像に難くない。

 ある家庭の闖入者となった下女と、その家庭の主人が性交渉を持った挙句、その下女が家庭の恐怖となってくるといえば、ストーリー構成上、性描写も必然なのだが、当時の世相ではままならず、オリジナルではそのふしを会話にとどめていた堅苦しさが多少なりともあった。

 更にリメイク版では、オリジナルにはなかったコンセプトを映画の基盤に据えている。60年代当時では、あったかもしれない中流クラスの家庭が下女を雇うというシチュェーション。しかし、現代ではまずは有り得ない。そこで主人公が住み込むのは誰もが羨むハイソな家庭。そこに入り込んだ主人公が元凶となる。つまり、「パラサイト半地下の家族」が手本にしたとされる「下女」が、本来、描くはずだったヒエラルキーに大きく焦点を当てている点がリメイク版の最大のモダナイズのポイントだ。

 そんな変更点はあっても、本作のドラマツルギーのパラダイムは、実直に原典を踏まえている。

 そして、それを踏まえた上で、本作はクライマックスに現代韓国映画ならではのドギツイショックシーンを用意して、オリジナルでは、少々、物足りなかったラストを、それなりに締めてみせる。

 導入部の貧困をスピーディに見せる巧みさと、モダンホラーばりのラストのビジュアル。

 原典の「下女」がその後の韓国映画のカンフル剤たらしめる、一作となったのもむべなるかな、と言えるような気がするのは、この負け犬だけではないような気がするのですけどね~