負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬もマスク無しでは歩けないノーマスクノーライフなこの世界「アウトブレイク」

そのウィルスに感染したが最後、全身から出血し、人体が崩壊する!致死率90%の恐怖、コロナ過の今だからこそ、怖さと共に面白さも倍増する傑作パニック!

(評価 84点)

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恐怖とパニックが空気感染する。「エボラ出血熱」制圧の顛末を描いたノンフィクション「ホット・ゾーン」の映画化ともいうべき本作は、今でも興味深い多くの事を教えてくれる。

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 「地球を支配し続ける人類にとって、最大の脅威となるのはウィルスである」

1958年にノーベル生理学・医学賞を受賞した分子生物学者ジョシュア・レダーバーグのこの言葉で幕を開ける本作。オーソドックスながらエンタメ性に富んだウィルスパニック映画として、今も尚、その内容の迫真性にいささかの遜色も見られないバランスのとれた良作と言っていい。

 アメリカ映画を見て、いつも驚かされるのが、アクチュアリティのあるトピックをいち早く取り上げ、切れ味鋭い社会性に富んだエンターテイメントに仕立て上げてしまう底力だ。スリーマイル島原発事故や福島原発メルトダウンを、現実をそのままなぞるほどのリアリティで予見してのけた「チャイナ・シンドローム」は、その代表格といえる。

 専門家の間でも長らく、空気感染に関するオフィシャルなガイダンス映画にも挙げられてきた本作のベースになるのは、1994年に刊行された、ジャーナリスト、リチャード・プレストンによるノンフィクション「ホット・ゾーン」。

 同書は、一般的には、未知のウィルスでしかなかったエボラ・ウィルスにスポットを当て、アフリカ発のそのウィルスがアメリカの首都ワシントン郊外のレストンという町に突如として現れ、軍部がそれを制圧するまでの顛末を描き世界中でベストセラーとなったが、「アウトブレイク」は限りなくその「ホット・ゾーン」に近い、あくまでもオリジナル作品だ。

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 ただし、なおもコロナ過の脅威に怯え続ける今、映画「アウトブレイク」ともあいまって、その「ホット・ゾーン」が、ウィルスというものの恐ろしさを、改めて教えてくれるのだ。

 「ホット・ゾーン」で取り上げられたウィルス、エボラ。そのエボラの最大の特長は、何と言ってもその致死率。その致死率は何と90%。感染するや、エボラは、わずかな潜伏期間の後、たちまち感染者のあらゆる組織に浸透する。兆候があらわれるのはまずその目。目が真っ赤に充血し、その目からまるで赤い涙のように血が溢れ出す。それをはじめとし、腎臓や肝臓といったあらゆる臓器が溶解しはじめ、肉体そのものが、ウィルスが泳ぎ回る血の海と化した挙句、最後には人体が文字通り崩壊する。同書で克明に描かれる、ノンフィクションならではの迫真性に満ちた感染者たちの激烈な症状の描写は、思わず顔をしかめるほど。また目から血を流すその症状が「アウトブレイク」でも、短いながらも描かれていたことを、思い起こす人もいることでしょう。

 アフリカのケニアで生まれたエボラが、事も有ろうにアメリカの首都に侵入するのも、実験動物として輸入されたサルがその宿主であったという「アウトブレイク」での、そのくだりも、「ホット・ゾーン」からそっくりトランスファーされたものだ。

 実験動物を扱うその会社の「モンキーハウス」の異変から、エボラの本国への侵入を察知し、これに当時、立ち向かったのが、米国陸軍伝染病医学研究所のバイオハザード・スワット・チーム。そのチームの決死の作戦によって、エボラはアウトブレイクを免れ、現実世界では鎮圧することに成功する。そのリアルな出来事を、感染拡大がアメリカのとある町で実際に発生し、猛威をふるったら、という仮想のフィクションに仕立てたのが「アウトブレイク」だ。

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 現実世界の「ホット・ゾーン」でも、米国陸軍の医学防衛機関ユーサムリッドで、エボラ・ウィルス解析の中心人物となったのは、映画同様、一人の女性少佐だった。この女性がレヴェル4の防護区域、ホット・ゾーンに入り、エボラ・ウィルスを実際に分析するため入念に着用したはずの防護服に、小さな裂け目を発見し、パニックに陥る緊迫のシーンも「アウトブレイク」では如実に再現されている。

 「アウトブレイク」が、専門家たちからガイドライン替わりに推奨されたのも、現実の出来事から少し飛躍し、エボラをモデルとする、劇中のマールブルグウィルスの変異株であるモターバというウィルスが空気感染するところ。映画館で咳をする一人の観客が放出した飛沫が、たちまち館内に蔓延し感染が拡大する。あるいは、密閉状態の建物の中で、感染者の飛沫が換気扇のダクトを通じて運ばれ、館内全域に感染が蔓延する、といった映画ならではの、分かりやすい表現で空気感染のメカニズムが表現されている。このシークェンスを見て、現在、メディアで毎日のように目にしている、空気感染予防の広報映像をそのまま見ている気になる人も多いだろう。

 「ホット・ゾーン」で描かれた、現実のエボラ・ウィルスで、人類にとって最大の救いとなったのが、空気感染しなかったこと。もしもエボラが空気感染すれば、人類は、数週間足らずで死滅していただろうと、「ホット・ゾーン」の著者プレストンも同書の中で言及している。しかし、それが、あながち誇張でも何でもないことは、空気感染によってコロナが、地球の至るところで蔓延しているのを目の当たりにしている現代の人間なら誰でも知っている。

 「アウトブレイク」ではクライマックスにかけて、畳みこむように宿主のサルが見つかり、主人公のサム(ダスティン・ホフマン)の尽力で、元妻のロビー(レネ・ルッソ)も助かり、あっさりとハッピーエンドとなる。しかし、現実世界ではそんな事など有り得ないことも、我々は百も承知している。

 コロナによって今や人間の生活がすべて豹変し、かつてなら、まるでSF映画でしかお目にかからなかったような、全ての人たちがマスクをして歩く世界へと日常が一変してしまった。だからこそ、冒頭のレダーバーグの言葉のように、今後も人類にとって最大の脅威であり続けるはずのウィルスと共存するための、一つのアシストとしての価値を、本作は持ち続けているのでしょう。

 まさに今も、負け犬が住む市の広報のマイクから、感染防止を市民に呼び掛けるアナウンスの声が聞こえている。嗚呼、ノーマスク、ノーライフ!