負け犬は歯医者が嫌い「マラソンマン」
拷問マニアと健康志向のアスリート、どちらの方も楽しめるサスペンスって超お得かも
(評価 84点)
走るニューヨーカー。一時期、アメリカでジョギングが大ブームになった。それも世界の中心地たるニューヨークで。当時のニューヨーカーたちはとにもかくにもやたら走っていたのだ。走る目的はといえば、勿論、健康のため。でも、健康のためのランニングが生き延びるための役にも立つということを教えてくれもする映画なのです。箱根駅伝もあったことですし、マラソンつながりでマラソン・サスペンスはいかがでしょう。
朝、ユダヤ人の学生のベーブ(ダスティン・ホフマン)がいつものようにジョギング中、たまたま見かけた自動車事故、という実にさりげない出だしから、一挙にパリに飛んで、ベーブの兄ドク(ロイ・シェイダー)のスリリングなスパイ映画的なサスペンスがパラレルに描かれる序盤が実にエキサイティングな本作、サスペンスジャンルでは負け犬的最上位クラスに位置するほど好きな作品でもある。
最も脂が乗り切っていた、70年代の顔ともいうべきダスティン・ホフマンとロイ・シェイダーはもとより、「ローリング・サンダー」の主演も忘れ難いバイプレイヤーのウィリアム・ディヴェインや、ナチの残党ゼルを演じた名優ローレンス・オリビエの存在感にも圧倒される一作。
何よりもマラソンという何でもない日常と国際的な謀略という有り得ないほど対極的な要素が交わることで動き出すドラマ構成が実に面白い。冒頭の交通事故で死亡したのがゼルの兄だったことから、当のゼルが南米を密かに脱出し、アメリカに乗り込んで来る。そしてベーブの兄のドクに接触したことから無関係なはずのその要素が一つに合流する。
ドクがゼルに殺害されベーブはゼルの一味に拉致される。そこからの本編の白眉、ベーブがゼルに歯科医のドリルで拷問されるシーンはあまりにも有名、ウィ~ンという誰もが生理的に嫌悪感を覚えるあの音をうならせながら、ベーブの健康な歯の歯髄にドリルを立てるシーンは何度見ても、こちらまでのけぞってしまう威圧感があるのですヨ。
しかし、一番好きなのは、その後、あっと言わされるちょっとしたひねりがあってからのベーブの逃走シーン。相手はしつこく何処までも追いかけてくる。それも相手は諜報機関に携わるプロ、肉体的な訓練もしているわけだからすぐにベーブに追いつくと思っている。だが、捕まれば殺される、そう確信した途端、それまでヨタヨタ走っていたベーブがマラソンランナーとしての能力を覚醒させて一気に本気走りのスタイルになるところが実に良い。ここからの走り合いは実に見物。結局、普段から鍛えていたベーブの足が勝つ。何とか死の瀬戸際を切り抜けたベーブの逆襲がそこから始まるのだ。
走らなければ現代は生き抜けない!走れなくなったら死ぬしかない!そんなキャッチコピーがピッタリの、何だかメタボで怠惰な日々を送る人々に活でも入れてくれるような、元気が出る映画でもある。必見!
ちなみに劇中、拷問を受けたベーブの歯にひまし油を塗るとたちどころに痛みが消えるのだけど、ひまし油にそんな効果なんてあるのでしょうかね?