負け犬のA級監督がヒッチコックの傑作群に他流試合を挑んだ件「パニック・ルーム」
気鋭のデビッド・フィンチャーが挑んだ限定空間サスペンスは何度見ても一気呵成に見れる良作だった
(評価 74点)

デビッド・フィンチャーのフィルモグラフィでも何故か評価が芳しくない本作。とはいえ本作、限定空間、籠城といった負け犬好みのB級感覚のテイストでグングンラストまで引っ張てくれる良作には違いない。
そもそも本作にひときわ魅力を感じるのは、敬愛するサスペンスの神様ヒッチコックに果敢に挑んでいるような心意気を感じるから。
オープニングからしてそれは明らか。ニューヨークの摩天楼の壁面にポッカリ浮かぶタイトルクレジットは、あのヒッチコックの傑作「北北西に進路を取れ」の有名なソール・バスのタイトルバックそのまま。かくして、そのオープニングから本作は単刀直入に簡潔なプロットに突入して行く。
シングルマザーのメグ(ジョディ・フォスター)と、その娘サラが借りた豪華なタウンマンション。ところが母子が入居した当日の夜中、三人組の強盗にまんまと進入される。実は、マンションにはハイソなテナントたち用に、災害避難時用の万能避難部屋パニックルームが装備されていて・・・という本作のプロットをご存じの方も多いはず。

そして、本作は、終始、そのマンションから一歩も出ることなく、その上、そのマンションの内なる密室たるパニックルームという二重の限定空間を巡って展開される。
内と外、そして外と内という限られた舞台設定。サスペンスに馴染の方なら本作を見たらすぐにヒッチコックの超傑作「裏窓」が二重映しのように被るはず。内部はパニックルームというハイテク空間ながら、外装は古風なマンションのルックスは「裏窓」の舞台になったアパートの外観にどこか瓜二つの印象もある。

強盗の襲撃を察知し、咄嗟に逃げ込んだパニックルーム。その壁越しに展開される籠城サスペンスといえば、この負け犬がもっとも偏愛する籠城サスペンスの超傑作「要塞警察」のテイストが横溢しているのも嬉しい。そもそも、強盗が押し入ったのもそのパニックルームの中に、お宝の債権が隠されていたから、というプロットは出来すぎにせよ、中盤の、強盗達が立て籠ったメグたちをいぶしだそうと、プロパンガスを送り込んで、返り討ちに会って逆襲されるくだりからの、壁を隔てての知恵比べの応酬は見ていて実に楽しくスリリング。部屋の外に置いてきた携帯を奪取しようと、メグが四苦八苦するシーンの畳みかけるような演出はフィンチャーならではのテクニックが存分に味わえて実に楽しい。

また、本編で印象的なのが、滑らかに縦横にマンションのディテイルを移動していくCGの数々。ここなど、ヒッチコックのアナログのサスペンスにフィンチャーがまるで他流試合でも挑んでいるような遊び心すら感じさせる。

終盤、内にいたはずのメグが部屋から出て、強盗達が逆にパニックルームに閉じ込められて立場が逆転するくだりは実にニンマリ。そこから急転直下、映画は終幕へと進んでいく。
大団円を思わせるラスト。アパートの外にキャメラが出て、雨風の中、強盗の懐から風で吹き飛ばされた債権の紙切れが舞い散るさまは、ヒッチコックの「裏窓」の、殺人犯がお縄になる大団円にもどこか似ている。

あ、そうそう、忘れてはならないのは、娘のサラが糖尿病で、インシュリン注射を打たなければ危ないという、夜明けまでというタイムリミットに一役買うマクガフィンの仕掛けがスパイスされているもの嬉しい。ここまで揃えばそのテイストはまさにB級映画の王道といっていい。
そうした仕掛けが、メグがパニックルームから逆に締め出されてしまうくだりで生きて来る、本作の脚本はデビッド・コープ。パニック・ルームという小道具を着想した瞬間から、プロットは結構、温めていたんではなかろうか。本作の元ネタが、屋内エレベーターに閉じ込められた老女が、進入してきた強盗たちと繰り広げる、サスペンス映画のカルトな傑作、これまた負け犬垂涎のフェイバリット「不意打ち」という説もある。現に、本作にも屋内エレベーターで右往左往するくだりがちゃんと盛り込まれている。

フィンチャーといえば、「セブン」でブレイクして以来、今に至るまで、Aランクの監督として確固たる地位を築いているが、そのフィンチャーがこじんまりとしたB級然とした籠城ものを手掛けたことがファンの反感を買ったのではないかとも今思えば思えて来る。
何はともあれ、籠城に立て籠もりに引きこもり、密室空間といった負け犬好みの趣味をお持ちの方なら一見に値する作品であることは確か。
よろしければ、文中でも触れた「裏窓」は勿論、「要塞警察」「不意打ち」といった作品もテイストいただくのは如何でしょうか?きっと密やかな悦楽に浸れると思いますよ