負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬も他人の人生を歩んでみたいとふと思う時があったりして「列車に乗った男」

水と油のように絶対に交錯しようがない人生が、一瞬交わる瞬間に涙する。黄昏の人生の機微を描いた名匠パトリス・ルコントの傑作ノワール

(評価 78点)

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誰もが他人の人生に対して思い描く憧憬や嫉妬を、僅か4日間の出会いと別れのうちに描く、ルコントの傑作ノワール

 TVでセレブの姿を垣間見た時、誰もがふと、自分がセレブだったなら、などという想像が頭をよぎることがないでしょうか?この負け犬など、何でもいい、何かで有名になって、他人も羨むお金が稼げたら、そんな悩ましい想像に、中高年の盛りを過ぎた今でも苛まれることが少なくない。

 本作は、ずっと独り身で初老を迎えた元教師マネスキエ(ジャン・ロシュフオール)が、列車から降り立った一人の男と出会ったことから、積年の他人への人生の願望が再燃し、4日間だけその男と生活を共にした、その顛末を描く、ビターながらも何ともエモーショナルな、心に深く沁みわたっていくような秀作ノワールだ。

 他人の人生への憧れといっても、マネスキエの憧憬は、ささやかなものだった。その朝、マエネスキエは、早朝、列車でやってきて、その足で町の薬局に立ち寄ったミランジョニー・アリディ)にたまたま声をかける。そうしたのも、ミランが自分とは正反対のチャールズ・ブロンソンっぽい男臭さ全開の成りをしていたから。それまでの人生でただの一度も町を出たことがないマネスキエの願望とは、ダンディズム溢れるハードボイルドな人生を歩むことだった。

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 「仕立て屋の恋」に「髪結いの亭主」珠玉の傑作を放ってきたルコントの手腕が冴えわたる本作。その作品群の例に漏れず、本作の主人公のマネスキエが身をやつしているのは後悔と、老いからくる身を切るような孤独感。ネガティブながらも決して湿っぽさがないその孤独感を、立ち居振る舞いで絶妙に醸し出してみせるマネスキエに扮する名優ジャン・ロシュフォールが実に旨い。そのマネスキエと全く正反対のキャラクター、ミランに扮するのがかつての歌謡界の大スター、ジョニー・アリディというキャスティングがまた泣かせてくれる。

 マネスキエとは対極にあるハードボイルドな人生を歩んできたミランも、ダンディな風貌はそのままだが、早や初老。そもそも、ミランがその町に降り立ったのも、最後の大仕事にと、町の銀行を仲間たちと共に襲撃することだった。その決行日は4日後。

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 また、ミランを自宅に招き入れたマネスキエも重度の病を抱えており、運命の手術を4日後に控えている。共に運命のルーレットを4日後に控える、対極の人生にある男同士の人生が、列車のレールのように交叉する瞬間は訪れるのだろうか?

 透明感のある青みがかった澄んだような映像に、絶えず背後で聞こえている線路の音。ルコント演出のきめ細かさはキャラクター描写にも遺憾なく発揮されている。

 特に良かったのが、ミランがポツリと、部屋履きを履いてみたいとマネスキエに頼むところ。部屋履き、つまりはスリッパなどというものを履いたことがないと漏らすことで、ミランがそれまで無骨一遍党の裏街道を歩いて来たことを瞬時に匂わせる。そして、懇切丁寧ながらも自慢げにミランに、「部屋履きを履きつぶすには年季がいる」などとレクチャーするマネスキエの実にチャーミングなこと。

 いささか性急すぎる二人の出会いと共同生活の成り行きも、随所にわたるこうしたキャラクター描写が巧みなおかげで気にならない。4日後のイベントという物語の構成が効いているおかげで、いよいよ当日、銀行強盗と大手術という両者の運命のイベントが交互にカットバックされるクライマックスで否が応でも画面に引き込まれることになる。

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 映画の尺も90分、まるですぐれた短編小説を読んだ後のような、カタルシスが味わえる。そして、映画の最後、フレームの両端に立って見つめ合う、マネスキエとミランの立ち姿のイメージが、いつまでも脳裏に残って焼き付くような感慨を抱かせてくれる。

 そのイメージは澄み切った青色で、その青天の下、どこまでも続いている列車の線路のイメージが、こちらの脳裏の隅々まで沁みわたっていくような感触すらあった。

 人生は後戻り出来ない、ひたすら進むしかない、しかし、ともに歩む他人とのそのレールが、どこかで交わる瞬間がやってくる。そんなときめきを痛いほどに感じさせてくれる傑作ノワールなのです~