負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の文句なしに面白い!とはこういう事「椿三十郎」

本編開始一分でクライマックスにいきなり突入する怒涛の脚本術!胸がすく、痛快という言葉こそがふさわしいスーパー・エンターティメント!

(評価 88点)

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行き着く間もないプロット展開の妙味に秒殺の30人斬り!そして息詰まるコンマ0秒の瞬息の決闘シーン。この世界には映画の面白さがすべて凝縮されている。

 まだ負け犬が映画小僧だった頃。当時は、モノクロ映画なぞに目もくれず、ただひたすら洋画にうつつを抜かしていた。だから当然のように、古臭い日本映画なぞ、目もくれない。それでも、どこでも目につくのがクロサワの名前だった。

 ところが、やっぱりバカな負け犬は、「クロサワ、クロサワなどと念仏のように唱えやがって」とばかりに偏見をあらわにするだけだった。しかし、そんな負け犬がクロサワ映画と初めてエンカウンターを果たすことになる。

 それは、クロサワ映画のエンブレムともいうべき名優、志村喬が亡くなった時のことだった。その日の深夜の時間帯にひっそりと、志村喬の追悼番組として、クロサワ若き頃の代表作「酔いどれ天使」が放送された。そして、たまたまこの作品を録画し、その作品を見た負け犬は、そのダイナミズムに度肝を抜かれることになる。この遭遇によって、それまでの偏見に満ちたスタンスが一変、そうなると当然のことながら、クロサワの他の代表作がどうしても見たくなる。

 ところが、クロサワ映画はやっぱり別格で、TV放映は勿論、東宝が版権にこだわって、レンタルビデオにも絶対に並ぶことなどなく、ただひたすら喉から手が出るほど見たいと願い続ける毎日だった。

 そんな折、とんでもない朗報がもたらされる。コッポラやルーカスの資金援助もあって、ようやく東宝がGOを出した、クロサワ初のカラー時代劇「影武者」が鳴り物入りで公開された時、フジテレビが何と、「ゴールデン洋画劇場」の特別企画として、クロサワ作品の連続放送という、TVでも未曽有の快挙をしでかしてくれたのだ!

 かくして、狂ったようにTVに毎週、かじりつき、そして、そこでようやくクロサワの「用心棒」、「椿三十郎」、そして伝説の「七人の侍」との邂逅を果たした負け犬が、感涙にむせんだことは言うまでもない。

 もしも、この時の「ゴールデン洋画劇場」でのフジテレビの勇気ある英断(現に、この時の毎週の視聴率たるや、モノクロ嫌いの一般大衆のスタンスを反映し、フジテレビの歴史上でも、散々たる惨状を究めた)のおかげでクロサワ作品に出合えたという人もひょっとして多かったのではないでしょうか。

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 さて、そんな出会いを経て、今やマイ・スタンダードなクロサワ作品となった本作だが、どれもこれも甲乙つけがたいクロサワ作品でも、単純にもっとも面白さのバランスがとれているといえば本作ではなかろうか。

 上映時間もコンパクトな96分。その96分の中に映画における面白さのすべてがギュッと凝縮されているといっても決して言い過ぎではない。

 まず何と言っても素晴らしいのが、お家騒動をめぐるショート・コントのような山本周五郎の短編を見事に改変してみせたその脚本の冴え。

 本編の原作「日日平安」での短編の主人公は、何の腕っぷしもない一介の浪人なのだ。切腹させてくれと懇願しては、道行く人に金をせびっているような落ちぶれた浪人が、たまたま道中、知り合った若い侍から、家老の汚職をめぐるお家騒動のことを聞き出し、一肌脱ぐことを申し出る。短編では、その発端もいたってステレオタイプの出だしになっている。

 ところが、クロサワはこの出だしを、いきなり、古い神社で密談するお家騒動の渦中にある若侍たちが、汚職を摘発する相手の一味に、二重三重に取り囲まれているというクライマックスから幕を開けるというカスタマイズをやってのける。

 オープニング・タイトルから一転し、いきなり緊迫した状況になっているこのイントロ。そして、そこに姿を現わすのが三船の椿三十郎だから、もう掴みは申し分ないといっていい。

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それからはもうクロサワの作劇術の手練手管に振り回されるがまま、若侍たちを見かねて助太刀する羽目になった三十郎と、腹黒い黒藤一味との、丁々発止のテンポの良い駆け引きの連続にもう画面から目が離せなくなる。

 それに加えて全編に横溢するユーモア。抜き身の刀のようなギラギラした三船と、若侍たちが身を挺して救出することになる家老の陸田のおっとりしまくっているスローな奥方の陸田夫人との掛け合いの面白いこと。そして、ひよっこ同然の若侍たちに手を焼きながらも、苦虫を嚙み潰したような顔をして八面六臂の活躍をする三十郎の痛快さ。

 お互い奸計をつくした頭脳合戦の末、その勝敗のカギを握るのが、椿の花びら。最後に絶体絶命の窮地から機転をきかした三十郎のおかげで勝利するカタルシスが実に爽快で堪らない。

 本作は、あの「荒野の用心棒」というエピゴーネンをも生み出した傑作「用心棒」の正当な続編。前作を踏襲する迫力のチャンバラの炸裂も見事な一言。そして、当然、前作を踏まえ絶対的なライバルが三十郎の前に立ちはだかるという図式も、ちゃんとエンターティメントの常套を踏まえているから実に気持ちがいい。

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 かくして、最後に訪れるのが、時代劇映画史上に燦然と輝く1秒にも満たない緊迫の決闘シーン。時代劇で初めて画面に血しぶきが迸った壮絶なるこのシーンの息詰まる迫力は、半世紀を経た今でもいささかの衰えも無い。

 もしも、未だにクロサワ映画を体験したことがない方も、本作を見たら、どのフレームも望遠レンズで切り取られた、他のどの映画でも味わえないダイナミックなショットの迫力に圧倒されるのではないでしょうか。

 クロサワ映画は、一つの体験に他ならない。カラーという無駄な情報がそぎ落とされたハイコントラストな白と黒だけのモノクロ映画の魅力を是非とも体験していただきたいものです。