負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。そして、木枯し紋次郎を完全コミック化(笑)した「劇画!木枯し紋次郎」を日々、配信中!色々な動物が繰り広げる動物コミックもあわせてお楽しみください

負け犬の親子のための冒険教室「インディジョーンズ最後の聖戦」

夕陽に向って走るのは、スピルバーグ・ブランドの永遠のシルエット!負け犬も

いつまでもこの余韻に浸っていたい!

(評価 89点) 

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見るたびに映画小僧だったあの時の自分にタイムスリップ出来るスピルバーグマジックの魅力の全てがここにある。

 スピルバーグ映画にシネコンは似合わない。整然としたシネコンよりも、満員すし詰めの通勤電車のような、一昔前の映画館の方がよく似合う。本作を見たのも、時代が映画館からシネコンへと変わりゆく、その前身のような、大阪梅田のナビオの満員の映画館だった。映画のラスト、夕陽にそのまま溶け込むように去っていく、インディとヘンリー親子の姿を瞼に焼きつけながら、満員の観客もろともロビーに吐き出された時の至福の満足感を、今でも昨日のように覚えている。

 小学生の頃にスピルバーグの「JAWS」を、超満員の映画館で、座席にすら座れず、通路の階段にそのまま座って見て、最後にJAWSが咥えた酸素ボンベに弾丸が命中し、大爆発した時に沸き起こった割れんばかりの拍手!その時の電撃のような感動のエクスタシーが、思えば負け犬映画人生の出発点だった。言って見れば、今のこの負け犬は、その時のエクスタシーのような感動が忘れられず、もう一度味わう事を求め続けている一種のジャンキーの成れの果てかもしれない。

 しかし、成れの果てでも構わない、スピルバーグ映画には、見ているとまた純真にスクリーンにかじりついていたあの頃に戻れるような不思議なオーラがある。

 言わずと知れた連続活劇映画の最高峰のこのインディ・シリーズの満を持した第三作には、そんなスピルバーグ映画のキッズ感覚的なエッセンスの集大成のような風格すらあり、ショーン・コネリーがインディのパパに扮した話題もあいまって、既に本国で記録的ヒットとなっていた本作を期待満々で見に行ったのを覚えている。

 オープニングが、インディのルーツのイントロダクションなのが嬉しい。ボーイスカウト姿のヤング・インディ(リバー・フェニックス)の、黄金の十字架をめぐる、アダルト・インディになるまでのよもやま話。バスター・キートンの無声活劇ばりの、サーカス列車というギミックが、バカバカしいほど子供っぽいのにも、どこか確信犯的なスピルバーグの余裕の自身が感じられるのはこの負け犬の贔屓目線のためだろうか。

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一作目や二作目よりも、序盤のテンポがいささかスローなのも、緩急のメリハリを利かせている証拠。現に、中盤、いよいよインディのパパのヘンリー(ショーン・コネリー)が登場してからの、ボケとツッコミモード全開のバディ映画に豹変してから、本作は、一気にテンポが転調する。

 「JAWS」の頃、スピルバーグが良く口にしていたのが、映画におけるリズム。曰く最初は、緩やかに、クライマックスにむかって徐々にピッチが高まって、頂点で一気に加速する。スピルバーグ映画に付き物なのが、ジェットコースターのライドのような、そうしたリズム。

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 ナチの基地の古城からインディ親子が脱出してからは、マックィーンの大脱走を思わせるバイク・チェイスに、クラシックな飛行船での脱出行から複葉機での空中戦、さらには追いすがるメッサー・シュミットをヘンリー・ジョーンズが機転をきかせて撃破するまで、見せ場がつるべ打ちに繰り出され息つく間もない。

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 そして待ちに待ったと言わんばかりに展開される戦車との一騎打ち。戦車の内部、そして剥き出しのキャタピラという小道具がめまぐるしくフルに活用されるノンストップ・アクションの白眉ともいうべきこのシーンは、何度見ても楽しめる。

 しかし、結局、最後に泣かされるのは親子の情というアナクロなエモーションなのだ。崩落寸前の宮殿で、床の裂け目にしがみつき、必死で聖杯に手を伸ばそうとするインディに向って、ヘンリーが「ジュニア」と呼びかける。その時、初めて我に返って父親の腕にしがみつく。

 絵に画いたような中流の母子家庭で育ち、たくましい母親を目にしつつも、スピルバーグが常に追い求めていたのは父親の偶像だった。やはり本作の最もいいところは、スピルバーグの映画に必ずあるヒューマニティに裏打ちされているところ。それがあるから、エンディングでキャラクターが一堂に会し、軽口のジャブの応酬の後、颯爽と去っていくシルエットが生きて来るのだ。

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 子供の頃、夢中になって映画を見ているうちに、この時間がこのままずっと続けばいいのに、と願っていた。そんな無邪気で純真なスピリッツが、この頃のスピルバーグには横溢していた。本作の前作となる「太陽の帝国」では、日本軍侵攻時の上海で、たった一人で生き残るジムという少年の姿を通して、成長という通過儀礼を描いていたスピルバーグが、本作では冒険物語を通して親と子が和解する姿を描いた。そこにはフランチャイズ化した作品を手掛けながらも、一作ごとに確実に成長していくフィルムメーカーの姿が感じられるといえば少々、大袈裟だろうか。

 かくして美しく完結したはずのインディは「クリスタルスカル」で復活。それどころか現在、「インディ5」を製作している。スピルバーグのクレジットがない今度のインディ。ただのフランチャイズの成れの果ての、老害のインディだけは見たくないものですが、どうなるのでしょうね~