負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう崖っぷちの映画録。また、たまに<映画をエンジョイ英語もエンジョイ>と題して、映画の実際のスクリプトを原文と翻訳でご紹介。英語学習気分もちょっぴりどうぞ!

負け犬のトンデモナイやさぐれデカが尼僧がレイプされて改心した件「バッド・ルーテナント」

クズは生まれついてのクズでクズのまま死ぬ。クズの生き様と破滅をやけくそに描いた衝撃作(評価 60点)

f:id:dogbarking:20210529124307j:plain

やけくそ映画といえば、まさにこれ。とんがったやるせない気分の時にみれば、更にダウナーになれる暗黒映画。

 やさぐれ刑事が出てくる映画は数あれど、インディペンデンスとC級映画の辺境を彷徨い歩くアベルフェラーラが描くのは、やさぐれの度を、遥かに超越したクズ。

 本作は、そのクズの日常と、とうとうそれが極まった時にかすかによぎる信仰心とその末路、それをほぼやけくそに描いた映画。

 ブロンクスのとある分署の警部補LT(ハーヴェイ・カイテル)は、今日も息子二人を学校まで車で送ると、すぐにコカインを吸引するジャンキー刑事。このコップ。警察官だが、仕事などまずしない。朝のコカインを一服した足で、女性二人が撃たれた事件現場の検証にフラリと立ち寄ると、そのままSMクラブに行っては、朝っぱらから酒を呷って泥酔。その挙句に全裸になって、ブタのよーにヒーヒー泣く。

f:id:dogbarking:20210529124339j:plain

 まずは、誰もがこのクズぶりに呆気に取られるに違いない。巨匠マーティン・スコセッシをはじめ、クェンティン・タランティーノなど、どこの馬の骨とも分からない才能を、映画界に認知させることに一役買ってきたハーヴェイ・カイテルが、ここでは、アベルフェラーラ監督のために、役者人生を棒に振るかのようなトンデモナイクズ人間を、やけくそ度指数120%のボルテージで演じている。

 このコップがどれほどのクズかが端的に分かる素晴らしいシーンがある。

 LTが、夜、無免許運転の女を見つけ、見逃してやる代わりに女二人に、あることを強要するシーン。LTは女の一人にパンツを半分脱がせ、ケツを見せろと命じる。そして、手前の運転席にいる女には、こう言うのだ。

 「お前、オトコのナニを舐めたことがあるか。大きく口を開けて、オトコのナニを舐めるふりをしてみろや」

 そして、LTは女が口を開けて舌を突き出すその仕草を見ながら、自分の一物を引っ張り出してオナニーを始める。LTが、息をあえがせシコシコとシコって、最後に達してドピュと放出するまで、アベルフェラーラはフル・レングスでその様子を捉えるのだ(勿論、上半身のミドル・ショットでそのものズバリは映しませんが)。

f:id:dogbarking:20210529124408j:plain

 負け犬も、このシーンをはじめて見た時は唖然とした。ハーヴェイ・カイテルほどの役者がそんなゲスなシーンを演じていることも衝撃的だった。

 そして、その後、やや唐突に、教会で尼僧が二人の黒人の若者にレイプされるシーンとなる。病院に立ち寄ったLTが、そのベッドに横たわる尼僧を見た時、一瞬、よぎったのが信仰心。

 このクズコップ。ただ、変態でジャンキーだけでなく、完璧なギャンブル中毒だから、そのクズぶりの暗黒度はブラック・ホール級なのだ。結局、LTが入れあげる、ドジャーズとメッツの7連戦の野球賭博で破滅を迎えるまでの本編の節々で、事あるごとにLTが言及するのが、自分がカソリックであるということ。

 完璧なクズの唯一のプライドが、自分がカソリック信者であるという自覚だけというアンバランスが、何処までも異常でもある。そのLTが、賭博の借金返済のために手に入れたせっかくの大金を、カソリックの自己犠牲よろしく、尼僧をレイプした犯人の若者たちに与え、逃がしてやるくだりも、理解に苦しむところ。

 そして当然のように迎えるLTの末路も、実に粗雑。このあきれるほどの投げっぱなしぶりは、もうやけくそモードとしか言いようがない。

 本作をはじめて見たのは90年代初頭。当時、台頭していたタランティーノジャームッシュのような若手が、メキメキ頭角を現していた面白い時代だった。それに遡る最初期の作品「ドリラー・キラー」は、YOUTUBEでも見ることが出来る。一枚のペインティングの制作に没頭しつつも、その際間に、ホームセンターで買ったドリルでいきあたりばったりの殺人を犯すアーテイストを自称する主人公を、若きアベルフェラーラ自身が演じ、当時のニューヨークのナイトシーンをふんだんに盛り込んだアングラ臭をプンプン放つ荒々しい作品だ。

 その後の「キング・オブ・ニューヨーク」はタランティーノも絶賛し、その惹句に吊られ、小さな映画館を探し歩いて見に行ったことも今となっては良い思い出だ。

 ただ驚くのは本作が後にヴェルナー・ヘルツウォークによってリメイクされたこと。新版では、ニューヨークからその舞台を一転、南部のニューオリンズに設定し、イグアナや巨大な熱帯魚が泳ぐ水槽といったヘルツウォークならではのシンボリックなイメージを強調した一風変わった作品になっていた。しかし、本人自身がリメイクであることを否定しているから、タイトルだけ同じ別作品といっていい。というのも、何と言っても「バッドルーテナント」ならではのあのイカす疑似フェラチオのシーンが出てこない。

 やっぱり・・・「オラ、口を開けて舌出してみろや・・」 シコシコ・・ドピュのゲスの極みの名シーンがないとバッドではない。

 本作は、その超絶ゲス・シーンのためだけにあるといっても過言ではない。これさえ見ればあなたも今日からゲスになること間違いなしなのです