負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の骨肉のバトルロワイヤル「何がジェーンに起ったか?」

血縁者同士の愛憎とバトルほど醜く、恐ろしいものはない。当の血縁者が狂気に侵された人間ならそれは、とてつもないホラーになる。二大女優が激突するドメスティック・サスペンスの一級品

(評価 82点)

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あの「北国の帝王」でホーボーたちの死闘を描いた漢映画の巨匠アルドリッチが、老醜の姉妹の骨肉のバトルを描く監禁サスペンスの超一級の傑作。

 虐待にネグレクト、介護の末の無理心中、世の事件でも陰惨を極めるものは、家庭内という密閉空間で起こることが多い。本当に怖いのは、超自然の存在などではない。愛憎のあまり狂気の領域に踏み込んだ人間だ。そして、その愛憎は、その相手が、常に身近にいる血の通った血縁者であれば、尚のこと極限にまで倍増する。そこには血縁を守ろうとする動物本来のDNAが逆のベクトルに突っ走る狂ったメカニズムの作用でもあるのだろうか?

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 子役としてかつて一世を風靡したジェーン、それとは逆に成人してからスターとして脚光を浴びたブランチのハドソン姉妹。今や落ちぶれて酒浸りのジェーンとは裏腹の栄華にあるブランチとの絶えない確執のテンションはマックスにまで高まっている。やがて、ジェーンの運転が引き金となった事故により、今や車椅子の生活を余儀なくされている姉のブランチ。介護する側とされる側、そんな老いた姉妹が二人で暮らす家で、起こるべくして異様な事件が起きる。

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 本作は、この老いたジェーンを演ずるベティ・デイヴィスのいってみればワンマンショー。このジェーンが登場するファースト・カットで思わずのけぞる人もいるだろう。白塗りのドギツイ厚化粧に、ロリコンファッションが形骸化したようなヨレヨレのドレス。それを形容するなら、まさにグロテスク。しかし、このグロテスクが、エンディングまで映画を牽引する、強烈なインパクトになっている。

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 二階には、車椅子で暮らす姉のブランチ(ジョーン・クロフォード)が暮らしている。一つ屋根で暮らす老いた姉妹。そして姉を介護するその妹は、かつてヴォードヴィルの舞台で「ベイビー・ジェーン」として華々しくスポットライトを浴びていた過去の世界にのみ生きている。その異様な少女じみた風体もその成れの果てなのだ。そんな妹にとって、身障者の姉は憎悪の対象でしかない。だから、のっけから描かれるのはジェーンの姉のブランチに対するいじめだ。腹を空かせ、食事を待ちわびるブランチ。そこにジェーンが食事を持ってくる。しかし、そのフタを開ければ、皿にはインコの死体が置いてある。ブランチが飢えるまで食事をおあずけし、ようやく出した食事の皿にはこれまたネズミの死骸。

 ブランチの唯一の頼みは家政婦のエルヴァイラだが、ジェーンは巧妙に工作し、二人が暮らす家にも寄せ付けようとしなくなる。事態が監禁の様相を呈し始めた頃、ジェーンの妄想も肥大化する。その妄想とは、老醜のその姿で再び舞台に立つこと。そして、ピアニストのエドゥイン(ビクター・ブオノ)をレッスンの教師として家に招き入れる。

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 圧巻は、このシークェンス。エドウィンと話すうち、すっかりその気になったジェーンが、かつて少女の頃、舞台で歌い喝采を浴びた曲を踊りながら歌い始めるのだ。醜く老いさらばえたその姿をドギツイ化粧で隠し、このシーンの恍惚とした狂気とグロが混じったジェーンの姿の怖さと凄まじさ。この異常さは、鬼気迫るという言葉だけでは到底、表現できない。まさにアカデミー主演女優賞を獲ったのも頷ける、しかし、さすがにこのパフォーマンス、たかがオスカー像一個では足りないくらい、夢に出てうなされそうなぐらいのインパクトがあるのだ。

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 ジェーンの狂気ぶりが高まっていくのを目の当たりにしたブランチは、更に空腹のあまり食べ物を漁っていたドロワーの引き出しから、自分の筆跡を真似たジェーンが、ブランチの名義で小切手を乱発していることも知る。ブランチの生活も、そしてその糧もジェーンに食い尽くされていることを知ったブランチは、ようやくたどり着いた一階の電話で、かかりつけの医師にコンタクトを取ることに成功する。

 男臭い映画というレーベルのアルドリッチヒッチコックばりの鮮やかな演出で魅せてくれるのは、このシークェンス。医師が電話でブランチの様子を伺いに行くことを承諾し、ホッと誰もが安堵した時、外出していたジェーンが帰ってくる。このジェーンとブランチを平面構図で捉えたカットの実に見事なこと。そして最後の頼みの綱がシャットアウトされる絶望感!この揺さぶりこそまさに監禁サスペンスの醍醐味といっていい。

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 映画はこの後、サイコ・サスペンスの王道の展開に急激に加速する。そして最後に明かされるのは、結局、ブランチの半身不随が、天罰のような因果応報であったという意外な事実。血縁の闇の深さを一層、暗黒のレベルまできわめた後、はかないジェーンの姿で映画は終わる。しかし、ジェーンの少女時代のヴォードヴィルのイントロから、エンディングまで圧倒的な面白さでグイグイ引き付けてくれる本作には誰もが魅了されるのではないでしょうか。現に最初は、クラシックなモノクロの地味な映画として、そのタイトルは知りつつも近年に至るまで、本作を見ていなかった負け犬も、たちまち本作の虜になり、一発でマイホラー映画の殿堂入りをしてしまった。

 著名人のファンも多い本作。特に家庭内のドメスティックホラーでその真髄を発揮していたホラー作家の楳図かずおさんもその一人らしい・・なんてことを聞けば、ほら、そこのあなたもきっと見たくなるのではないでしょうかね~