負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬が我に返る時「白銀のレーサー」

コンマ一秒が勝敗の分かれ目となる世界で生きるアスリート。中でもスピードと恐怖のせめぎあいのダウンヒルのスキー・レースという珍しい題材を扱いながらも、一瞬の普遍的な感情をシャープに切り取ってみせた佳作

(評価 72点)

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本作でまず驚くのが、ロバート・レッドフォードジーン・ハックマンの顔合わせだろう。本作の製作年が1969年だから、このほぼすぐ後にハックマンはあの「フレンチ・コネクション」で大ブレイクを果すことになる。

 「フレンチ・コネクション」の後のハックマンのギャラ的なスター・バリューから考えると、これは、そのタイミングとして紙一重の差で実現した共演ということになる。

 スターの顔合わせのタイミングだけではない。本作では、映画の題材としても珍しい、コンマ1秒が勝敗を分ける、ダウンヒルのスキー・レースを扱っている。

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 主演は、まさにこの題材にしてこの人ともいうべき、自らプロスキーヤーなみの腕前を持つロバート・レッドフォード。おそらく本作のスキー・シーンの大半はレッドフォード自身によるものではないだろうか。 監督はこれがデビュー作となる、あの「がんばれベアーズ」のマイケル・リッチー。ドキュメンタリータッチのシャープなイントロが印象的な本作で、リッチーはいかにもデビュー作らしい、切れ味鋭い映像感覚を随所に発揮し、アスリートの様々な感情を切り取ることに成功している。

 この後リッチーは、同じくレッドフォード主演の政治モノの傑作「候補者ビル・マッケイ」、更にはカルト・ノワールとでもいうべき異色作「ブラック・エース」と立て続けに放ち、遂にはそのドライでシャープな感覚を、場違いとでもいえる題材に見事に生かして大成功した「がんばれベアーズ」へとつなげ、70年代の代表的な監督の一翼を担っていくことになる。

 映画通なら、あの「がんばれベアーズ」のリトルリーグの小さなグラウンドでのリアリスティックなドキュメンタリースタイルの映像と本作の映像に、血縁にも似た同じテイストを感じる人も多いのではないでしょうか。

 本作が秀でているのは、そのシャープな映像の節々にアスリートのリアルを垣間見せているところ。

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 負傷したスキー選手に変わり、急遽、召集された選手の一人デビッド(ロバート・レッドフォード)は、自分のスキー・テクニックに絶対の自信とプライドを持っている。でも、ダウンヒルのスキーであってもオリンピックという舞台にあって最優先すべきは、チーム・ワークだとのモットーがあるコーチのクレア(ジーン・ハックマン)とは、当然、対立するわけで、本作のドラマの大きなベクトルになるのもそこなのだ。

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 その葛藤の中で、アスリートたちの、虚栄や名誉、そして富への欲望も当然、顔をのぞかせる。デビッドが実家に立ち寄るシーンが特に印象的だ。決して裕福ではない実家で、その人生を農作業に費やしてきた父親に「お前まだスキーなんかやってるの?そんなことやって一体、何になるの?」と言われてしまう。

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 たとえオリンピック候補だと奉られたところで、アスリートたちには、そもそも勝たなければ一銭にもならないという厳しい現実がある。でも、その差は、ほんのコンマ一秒で、ただ単に自信とプライドのみで、オリンピックで勝てるかどうか何の根拠もないデビッドには返す言葉もない。

 とりわけ出色なのがクライマックス。デビッドは、本番のオリンピックのレースで巧みに滑り抜き、驚異的なタイムを出してのける。後続の選手もいる中、誰もがデビッドがトップだと信じ、たちまちインタビューアーに取り囲まれ、特異絶頂のデビッド。そこへ、最後に滑る選手が、何とデビッドの記録をはるかに上回るタイムで滑降しているとのアナウンスが入り、インタビューアーたちもデビッドのことなどそっちのけになって、その選手のことを、固唾を呑んで見守る。ところが、当の選手が転倒してリタイヤするというハプニングによって、結局、デビッドは勝つ。

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 一瞬置いてけぼりにされて青くなり、また報道陣が戻ってきて血の気が戻ったような、その時のデビッドの表情を切り取るカットだけで本作は、一言のセリフもなしに多くの感情を語ってみせる。ひとまずホっとし、我に返ったもののデビッドは、転倒し去っていく選手のその背中に自分の姿を見ている。この瞬間の画面に表現されるエモーション、おそらく誰にも感じ入るところがあるのではないでしょうか。ふっとすべての我欲から解き放たれて、我に帰る瞬間って、別にアスリートに限らず誰にでも人生の中で、あるはずですよね。

 デビッドがこの後、アスリートとして大成するかどうかは誰にも分からないわけだけど、少しは成長した、そんなことが感じられるポジティブなラストではあるのでしょう。

 それにしても本作の、ハンディカムや相当数のキャメラをマルチで多用したレースの滑降シーンのスピード感とリアリティは実に見事。スポーツ物にしては実にクールな視線の作品だけど、これだけでも見る価値は有りますよ~