おせち料理は不味いものと相場が決まっている。しかし、こんなにバラエティがあって美味しいおせち料理もあるのだ
(評価 84点)
1977年の12月。その年のお正月映画として本作が公開された時、「ロードショー」誌のグラビア特集記事に当時サブカルの教祖的存在だった映画評論家、石上三登志氏が熱烈な解説を寄せていた。
石上氏が本作を評したのがマルチ・ジャンルの傑作ということ。以来、マルチ・ジャンルという言葉が本作を皮切りに使われだした。
お正月の定番といえばおせち料理だが、正月映画たるマルチ・ジャンルムービーの元祖ともいえる本作は、まさに色とりどりの具材が重箱に詰め込まれたにぎにぎしいおせち料理そのものと言っていい。
イントロは人類初の友人火星探査船カプリコン1号の打上げだ。ブルーベーカー(ジェームズ・ブローリン)を始めとする宇宙飛行士たちが、まさに今から火星に向かって旅立たんとするロケットに乗り込んでいく。イントロだけ見れば本作がスペース・アドベンチャーだと誰もが思う。ところが、発射寸前、飛行士たちはロケットから連れ出されるが、何とロケットは無人のまま宇宙へと発射され、ケープカナベラルは歓呼に包まれる。これは一体どういうこと?
とにかく本作は、監督、脚本を一人でこなしたピーター・ハイアムズによるプロットの組み立てが実に上手い。冒頭で見るものをガッチリとつかんでからの、巧みに組み上げられたプロットの小気味よい展開ぶりが圧巻なのだ。
飛行士たちが連れていかれたのは砂漠にある倉庫。そこで飛行士たちは打上げプロジェクトの責任者ケラウェイ(ハル・ホルブルック)から、致命的な問題で、プロジェクトが事実上破綻をきたしていたこと、しかし、その事実を隠蔽するため火星着陸の捏造に加担するよう命ぜられ・・・。
どうでしょう?このアイデア。有りそうで、無さそうで、それでもやっぱり有るかもしれないという絶妙のボーダーラインを突いていると思いませんか。この抜群のアイデアによって一気に本作は、ジャンルの壁を高らかに超越し始める。
捏造の方法があっけらかんとして面白い。倉庫にしつらえたスタジオで、実際の火星着陸映像に模したフェイク映像を撮って配信するのだ。フェイク映像があふれている昨今、1977年にこのアイデアをやってのけたのもスゴイ。
そのフェイクニュースの実況を誰もが信じて疑いもしない中、一人のNASAの局員が実況中継の発信源に不信を抱く。この職員と知り合いなのが、一発狙いの特ダネ記事ばかりを追いかけているやさぐれ新聞記者のコールフィールド(エリオット・グールド)。この局員が突然失踪したことからコールフィールドは調査に乗り出すが。そのためにNASAのターゲットとなったコールフィールドには当然、魔の手が。
最初はSF、そしてポリティカル・スリラー。さらには謀略サスペンス。ここまででも十分な多面体を絵に画いたような映画が、ブルーベーカーたち3人の宇宙飛行士たちが真実を伝えるために脱出を図ったことから今度はいよいよサバイバル・アクションのクライマックスへとなだれこんで行く。
灼熱の砂漠を逃げ惑い、追手のヘリに殺されていく仲間。最後の一人のブルーベーカーを抹殺せんと黒い機体のヘリがどこまでも追ってくる。その時、コールフィールドもわずかな手がかりから倉庫の場所を突き止め、3人の宇宙飛行士たちの行方を追っていた。
ハイアムズがこのシークェンスで見せる、追手のエージェントたちの姿は一切見せず、国家権力の脅威として追跡してくるヘリの機体のみでシンボリックに描く手法が実に効果的。
そしていよいよ最後の見せ場となるのが、そのヘリと何と旧式の複葉機との航空アクション。
ここまでエンタメの心づくしがきめ細かにあしらわれたおせち料理を出されたら、誰だってもうごちそうさまでしたと手を合わせたくなる。
しかし、まだまだ最後には思わずガッツポーズをしたくなるさわやかなラストが待っているから言うことなど何もない。
ただ一つの難点といえば、ブログでもジャンル別にカテゴリー分けしているのですが、本作ほどジャンルのネーミングが難しい作品はない。だから、まことに無難に“サスペンス”とさせて頂きました。見る人それぞれ本作をご覧になって、どんなジャンルが本作にはうってつけかあれこれ思いをめぐらせるのも楽しいかと。
なんにせよ、こたつに入って見れば悦楽に浸れること間違いなしのおせち料理のような「カプリコン・1」。
こんなお正月はいかかでしょう?