負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

木枯し紋次郎 第三十二話「明鴉に死地を射た」 初回放送日1973年2月17日

さしずめ紋次郎VS子連れ狼、勝つのはどっちだ 

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<反目する一家の片割れが用心棒に雇ったのは、酒に狂い人を斬りまくる鬼神のようなスゴ腕の剣客だった。又兵衛と名乗るその浪人と出会いがしら一瞬、剣を交えた紋次郎だったが、又兵衛には着かず離れず寄り添う千鶴という妹がいた。雌雄を決する勝負の到来を予感する中、明け鴉が鳴く朝もやに立つ紋次郎。対峙する又兵衛の傍らにいる千鶴が紋次郎に告げたのは意外な言葉だった。かくして始まる最後の対決の行方とは>

 

 70年代は、ワイルドな映画全盛の時代でもあり、また劇画の時代でもあった。そして、劇画の世界にはさまざまな時代劇のヒーロたちが活躍した。その代表格は忍者漫画で一世を風靡した白土三平が生み出した影丸、サスケ、カムイといった忍者たち。それに貸本時代から圧倒的な画力を誇った平田弘史の手による武士の数々。だが、なんといっても時代の空気を一身に体現したかのようなヒーローはといえば、時代劇画の第一人者、小島剛夕による、マカロニウェスタンの如く様々な武器を装備した乳母車を引き回す「子連れ狼」の拝一刀だろう。

 その「子連れ狼」のダーティでワイルドなテイストはマンガというジャンルを超えてTV、映画へとマルチな分野に鮮烈な影響を及ぼした。

 時代の空気を敏感に反映し爆発的な人気を生み出したこの紋次郎にも、もはやDNAといってもいい、「子連れ狼」に相通ずるテイストがあるが、第三十二話となる本エピソードはそうしたテイストが最も濃厚な一篇といっていい。

 和泉の仙右衛門と新木戸の宗吉という二つの派閥が一触即発に反目し合う寒村で、紋次郎は宗吉が雇った日下又兵衛という浪人と出合う。たった一人の身寄りである千鶴という妹を従える又兵衛に、紋次郎はいずれかが死ぬしかない、対決し合う運命にあることを直感する。

 吹きすさぶ北風の中をさすらい、その雌雄を決する対決の時が来るのを待つ紋次郎。いつもはミステリー調で凝った話が多い紋次郎だが、本作の構成は実にシンプル。ストーリー自体はほぼないといってもいい。だが、それだけに本シリーズの真髄ともいえる映像の魅力を存分に堪能できる一作となっている。

 見渡す限りの田畑が広がる風景をただ歩く紋次郎をポツンと捉えたロングショットの美しさ。監督は第一シリーズ中の珠玉の傑作「六地蔵の影を斬る」の時代劇の名匠森一生。森監督が手掛けるエピソードは不思議と本作のようにストレートでシンプルな話が多い、そしてかならず脳裏に焼き付くような美しくも鮮烈なカットを撮ってくれる。キャメラがクロサワ時代劇でも名高い宮川一夫だから文句などあるはずもない。思えば本シリーズは監督やキャメラの布陣にしてもとてつもなく贅沢なシリーズであった。

 夜が明け、鴉たちの鳴き声がこだまする朝もやの中で両者は対峙するが、そこで明かされるのは、傍らに常にいた千鶴こそが真のスゴ腕の剣客であり、兄の又兵衛は、いわばその事実の隠れ蓑たる傀儡に過ぎないという事実だった、というのが「子連れ狼」的なテイストの真骨頂たるところ。勝負は一瞬でつくが、紋次郎が瞬時に使ったのはトレードマークの楊枝で気を逸らし一瞬のスキをつくというマカロニ的な戦法だった。

 この紋次郎という魅力的なキャラクターを劇画の世界が見逃すはずもなく、単発的ながら、紋次郎は、さまざまな劇画雑誌の誌面も飾った。かの小島剛夕も「子連れ狼」の連載を続けながら成人向けの劇画誌で「赦免花は散った」他全四話にわたって独自の紋次郎像を描いた。

 他にも錚々たる作家たちが描いた紋次郎の数々、いつか見たいと切に願っているのですよね~この負け犬は、はぁぁ・・