負け犬さんの体内にインプラントされたAIのおかげで強くなるだけでは決してないアイデアの引き出しの多さに驚かされたという件「アップグレード」
星の数ほどもある復讐アクション、しかし、本作は思わぬ拾い物という月並みの惹句だけでは勿体ないほどの良作だ
(評価 80点)
現代はウイズ・コロナの時代、そして同時にウイズ・AIの時代でもある。AI搭載の電化製品は言うに及ばず、AIスピーカーが人間に話しかけ、共生することさえしている時代。本作はそんな時代が半歩先に進んだ近未来。
クラッシク・カーのレストアで生計を立てるグレイ(ローガン・マーシャル・グリーン)は、帰ってきた妻アシャと共に向かった友人でもある科学者エロンに、新たに開発したという高性能チップのSTEMを見せられる。その帰路、グレイとアシャの乗るオートドライブの車がいきなり暴走を始め、大破した車から瀕死の二人を引きずり出した謎の一団の手で、アシャが殺される。
復讐を誓うグレイだったが、事故によって四肢が麻痺した体ではなすすべもなく、ただ慟哭するだけだった。しかし、エロンの提案でSTEMチップがグレイの脊髄に埋め込まれたことで、元の健常な体に回復、妻を殺した相手を突き止め、復讐を果たすために立ち上がる。
という本作、ストーリー自体は垢にまみれまくった月並みな復讐アクションだ。ところがそこにAIチップというアイデアを巧みに織り込むことで観客の想定の半歩先を行く快作に仕上がっている。
まずはそのSTEM、体内にインプラントされたこいつはAIだけに、ちゃんと意思を持っている。だから、事あるごとにグレイと会話する。グレイの体内にあるこのスカしたSTEMとグレイ本人が、あの喋る車のナイトライダーよろしく掛け合いしながら相手に立ち向かうのは、さながらマンガの寄生獣のAIバージョンみたいで実に楽しい。そしてこれもお約束、STEMによってその神経サーキットが刺激され増強されたグレイはさらに俊敏に動き、パワーも増す。グレイがSTEMに操られる人形のようにカクカクした動きで相手と戦うビジュアルはユーモラスかつ斬新そのもの。普段は車椅子に乗る肉体的にディスアビリティなグレイがSTEMにアシストされて屈強な男たちを倒していくさまは、あの時代劇の座頭市のチャンバラを見るようなカタルシスがある。
また、その時代、人間にはチップだけでなく様々なインプラントが施され、敵には腕に銃器が仕込まれた奴らもいて、腕を差し出すだけで発砲出来たり、さらには、目の網膜にインプラントされた媒体のおかげで、その人間が見ていた画像を自らにインストールして再生したり、といった具合に、アイデアの引き出しが豊かなことにも驚かされる。
果たして、妻を殺した黒幕は誰か、何のために殺されなければならなかったのか?黒幕のサイドキック的な敵を倒しながら体内のSTEMと共に黒幕の正体に迫っていくグレイ。それと共にアシャ殺しの担当の女刑事がグレイに疑惑を抱いて追っていくという展開も王道だ。
最後に明かされる黒幕の正体は、ちゃんと意外性もあって筋も通っている。
ランニングタイムもきっかり95分。こんな小気味の良いタイトな作品を作ってのけた才人は誰か、とエンドクレジットを見たら、あの「SAW」のリー・ワネルではないか。決してホラーだけではない、SFアクションのジャンルでも卓抜な作品を作ってのけるその才能には感心した。
さて、先頃、物忘れがはげしくなって、認知機能の衰えを感じる中高年者にとっては、こんなチップがあれば有難いかもと思う今日この頃。STEMみたいに始終話しかけられたらさすがにウザイけど、考えようによっちゃ寂しくなくていいかもね