負け犬的映画偏愛録

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負け犬のステイホーム「パージ」

ご近所トラブルもいよいよ高じると殺し合いになっちゃうよね

(評価 70点)

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フィクションというものは、つくづくムズかしい。そのまま書けばノンフィクションのただのドキュメント、少なくともフィクショナルな面白さは全くない。自分的には、フィクションとノンフィクションのボーダーラインはおそらくハッタリではないだろうかと思う。

つまり、現実に固執することから突き抜けてハッタリのツイストをきかせてその境界線を飛び越えているか、ということになるのではなかろうか。ところがそのハッタリの度が過ぎると荒唐無稽ということになってドン引きされてしまう。そのサジ加減が実にムズかしい。そこでこの映画「パージ」は、どうか?ということになる。

 この映画、日本映画なみの超低予算ながら大ヒットを飛ばし、シリーズ化、本国ではTVシリーズまでも作られた。だが、たとえばIMDBでのレビューを見ると軒並み低評価。つまりはこの映画の設定そのものが余りにも荒唐無稽過ぎてクダラナイというのだ。

 確かに、米国内で増加するばかりの凶悪犯罪の抑制のために1年のとある日の夜の12時間だけ、警察機構も手出し不問のすべての犯罪が許されるフリータイム『パージの日』とする、というアイデア。これだけ聞けば、誰もがンなこと有り得ねえんじゃねえの、と思っちゃうことでしょう。それって犯罪したくてたまらない奴らだけの一時的なガス抜き効果狙い?ンな単純なもんじゃねえだろ?爆薬や重火器は使用不可で控え目な銃やライフルだけ使用可能って都合良過ぎねえか?とか様々な不満が噴出することでしょう。現にIMDBのレビューでも低評価派のレビューにはその手の不満が書き連ねられ、果ては監督を単細胞呼ばわりするものまで。

 確かにどの否定的なレビューも正論だと思う、しかし、この監督のジェームズ・デモナコが、とある日、渋滞のため一向に動かない車の中でフト思いついて書き上げた脚本から作り上げたこの映画、自分はこの上もなく面白いと思った。

 面白いと思ったのが、まさに荒唐無稽の度が過ぎるというそのギリギリのラインでフィクションとして成り立っているような危うさに他ならない。

 パージが日常化しているアメリカ。その日も年に一度のハロウィンならぬパージの日を迎え、警備会社のエグゼクティブでもあるジェームズはいそいそと帰宅し、仕事柄お得意の厳重なセキュリティーを施し一晩のステイホームに備えようとしていた。ところが、ジェームズの息子がセキュリティーキャメラに映し出された逃げ惑う黒人の男の姿を見かね、家に呼び入れてしまったことから、ジェームズ家にパージャー(本作でのパージに参加する人間たちの呼称)たちが襲撃を仕掛けて来る。

 このシノプシス、どこかで聞いたことありませんか?

 そう、あのジョン・カーペンターの超絶的な大傑作「要塞警察」そのものではないですか。廃止されるはずの警察のとある分署に、留守番役として訪れた警官が、逃げ込んで来たストリート・ギャングたちに追われた一人の民間人をかくまったことから、その留守番役の警察官、そして、たまたまその分署に立ち寄った囚人たちが協力して襲いかかって来るギャングたちと戦う羽目に陥る、という籠城ものの永久不滅のあの大傑作。

 この映画で、一番感心したのは、パージという大言壮語的に広大なマクロ的な設定を、あくまでも一家族の一晩の籠城劇としてトリミングして描いているところ。それもこれも何も不思議はない、何故なら監督のジェームズ・デモナコはこの前にその要塞警察のリメイクの『アサルト13要塞警察』の脚本を書いているのだから。

 プロットの骨子をなぞりながらもバックボーンに巧妙に、米国で決して減ることのない人種差別を基調とする犯罪事情、そして増加するばかりの銃犯罪、更にはそれに対抗する自警主義の横行をもを絡ませるその手腕たるや只物ではない。実際にタイトルバックでは、それを暗喩させる防犯キャメラに映し出された実際の映像を用いることで絶大な効果を上げている。そんな事は抜きにしても、映画全体の、あくまでもそのB級映画的なタイトな面白さは実に興奮ものだ。

 所定の12時間が開けると、ブァ~というサイレンが鳴って(このサイレンの音がまた絶妙)、それまで殺し合いをしていた人々が何事もなかったかのように日常生活に戻って行くシュールさがまた絶妙。

 後半、絶対絶命のジェームズ家に救いの手を差し伸べたのは、仲の良いはずの隣人さんだった。ところが、助けたとみるや豹変してジェームズの奥さんに不満をタラタラ言い連ねブッ殺そうとする、その間際で鳴るサイレンで隣人さんたちはまた元の日常に戻って行く。

 考えて見れば、良くあるご近所トラブルもまさにこの通り。日常、会えばにこやかに挨拶を交わすわけだけど、ひとたび踵を返せば、あのゴミの出し方は何だよ、とか、音がうるせんだよ、とかブーたれるわけですから。

 かくしてコロナ過の巣ごもり需要ならぬ、一家族の一夜限りのステイホームに限定することでかろうじて成り立ったとも思われるこの映画。おそらくこれっきりだよな・・と思っていたら、家の中からアウトドアに飛び出した第二作の「パージ:アナーキー」では、新たな切り口で驚かせてくれた。

 まさにご近所トラブルは鎮火せず炎上する。この監督からは、ちと目が離せない