ヒッチハイクしてアラスカまでの旅を続けるその青年の風貌はまるでジェレマイア・ジョンソンのようだった
(評価 78点)
1992年4月、アラスカの山中で一人の青年の死体が発見される。死因は飢え死にだった。その青年は、ワシントン郊外の裕福な家庭で何不自由なく育ち、1990年に名門エモリー大学を優秀な成績で卒業したクリス・マッキャンドレスという若者だった。
クリスの目的はアラスカでのネイチャーライフを単身で果たしてのけること。彼が凍死にいたるまでの軌跡は「イントゥザワイルド」(荒野へ)というノンフィクションとして出版され、ベストセラーとなり、その後、映画化もされた(2020年現在未見)。
負け犬もこの本はいち早く読んでいた。その本の中でクリスを拾ったドライバーがクリスの姿をジェレマイア・ジョンソンのようだ、という一節がある。
ジェレマイア・ジョンソンって誰だろう、と思っているうちにこの映画に行き着いた。でも、タイトルだけは知っていた、「大いなる勇者」原題はそのものずばりジェレマイア・ジョンソン。
そういえば見ていなかったよな・・と思い当り、1972年製作の本作をレンタルで見たのが初見だった。
見終わった途端に後悔したのを覚えている。何でこんな良作を今まで見ていなかったのか!
映画はジェレマイア・ジョンソンという、たった一人でロッキーの山中で猟師として生きた実在の人物の史実にほぼ忠実に作られている。冒頭、ナレーションもあるがジョンソンが何故、そして何処からやってきてロッキーの山中に分け入ったのか誰も知らない。ただ、開巻早々、まるで裏山に散歩にでもいくようなカジュアルさで現れると、馬に乗ってそのまま山へと向かうのだ。このジョンソンを演ずるのが、実際もナチュラリストとして知られるロバート・レッドフォード。たとえヒゲ面になっても爽快さを失わないそのルックスが、実はハードな内容のこの映画を見事なエンターティメントに昇華させるのに一役買っている。
映画はまず何はなくとも生き抜くために食料を確保するプロセスを、ユーモアを交え、丹念かつテンポよく描いていく。監督はレッドフォードの盟友でもあるシドニー・ポラック。ただ、都会的なセンスの持ち主だけではない、ロッキーの美しいことこの上ない雄大な自然と人間を同じフレームに捉え、笑いも交えて描く手腕には改めて感心した。
だが、この映画の肝は、ジョンソンのニックネーム、レバー・イーティングマンの呼称通りの、ンディアンとの複雑な関係なのだ。妻子をインディアンに虐殺されたジェレマイアが復讐の鬼と化してインディアン狩り(殺してその肝まで食った)に没頭する。しかし、インディアンは冬山という一歩間違えば地獄ともなりかねない環境で生き抜くためには共存する相手としてなくてはならない存在でもある。
その悲しくも相反した関係を、ラスト、凍てついた河を渡る途中、何気にインディアンと遭遇したジョンソンの泣き笑いとも取れる表情のストップ・モーションだけで見事に表現したのは瞠目するしかない。
この作品、このレッドフォードの表情を見て欲しいがためだけに、誰にでもすすめたくなる。誰にでも見て欲しくなる稀有な作品です。誰であれ、この映画を見てムダな時間を過ごしたなどと思う人は一人もいないはずだから。
ジョンソンはひとりぼっちの生活を望む過程で様々な人間と出合う。でもそれがサバイバルの糧となる。アラスカで果てたクリスにも確かに人との出会いは合った。しかし、若くしてひとりぼっちで果てるしかなかったクリスとジョンソンを分かつにいたったものは何だったのか?
負け犬は今もそのことが何だか気になるのです