負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。そして、木枯し紋次郎を完全コミック化(笑)した「劇画!木枯し紋次郎」を日々、配信中!色々な動物が繰り広げる動物コミックもあわせてお楽しみください

負け犬はタンスを運ぶ「水の中のナイフ」

才能の切っ先を肌で感じる陶酔感がたまらない

(評価 82点)

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それがどんなジャンルであれ、優れた才能は鋭く尖っている。芸術に触れる喜びの最上位に、そんな鋭く尖った才気に直に触れる喜びがある。そんな才能と出会った時、皮膚感覚で痛感させてくれる芸術のジャンルは映画をおいて他にはないのかも。

 世界的巨匠となったロマン・ポランスキーの長編デビュー作はまさにそんな一品だ。ポランシキーの名前を最初に知ったのは、ひょっとしたら国語の教科書だったと思う。おそらくシュールレアリスムといった言葉の例として、ポランスキーが若かりし頃に作った「タンスと二人の男」という短編を引き合いに出して書かれた短い文章だったような気が・・

 海から突如として現れた二人の男。男たちは何故かタンスを担いでいて、上陸すると、男たちはタンスを担いだまま町へと繰り出す、というだけの話。たったこれだけの説明でも十分のシュールなイメージが喚起された自分はポランスキーの名前をその時、しっかり覚えてしまった。

 デビュー作となる水の中のナイフを最初に見たのは深夜枠の映画劇場だったと思う。鮮烈な白黒映像とけだるいコメダのサックス(このテーマ音楽、最高です)、丹念にヨットドライブの工程を描く描写ときわだつ構図感覚が鮮烈だった記憶がある。

 それから数十年後、TSUTAYAさんの店頭に並んでいるのを見つけ、レンタルで見てみた。

 今回は、数十年前の印象とは比較にならないほどに、その若い才能の爆発が鮮やかに体感出来(自分が年を取ったからなのか・・)、陶酔感といっていいほどに酔わされたのでした。

 この作品、登場人物はたったの三人。ジャーナリストの夫とその妻、そして若い男の三人だけ。背後に点景人物すら一切映らない、ほんとに三人だけの潔さ。内容はといえば、その三人が、夫婦が所有するヨットに乗って過ごすたった一日だけの出来事だけなのだ。

 でも、それがすこぶる面白い。そして見れば誰もがポランスキーの才能に圧倒されるに違いない。まさに「タンスと二人の男」と同じく全ての無駄がそぎ落とされた道具立ての時、才能の鋭さというものは、いっそう際立つものだというのが良く分かる。

 ヒッチハイカーの青年を拾った夫婦は、自分たちのヨットのバカンスに青年を同行させる。出向間際から夫は何かと支配的な一面を見せている、青年はいわば、夫の男性にとっては優越感を味わいたいがためだけの存在なのだ。夫の妻もそんな夫の性格はわきまえているといった風で洋上の三人の関係は滑り出しからどこか不穏な空気を孕んでゆらいでいる。

 前半、映画は主に何気ないヨットの航行を描いているだけなのに、モノクロ故のいっそう鋭いソリッド感溢れるショットの連続と、さきのコメダの絶妙な音楽のコンビネーションに誰もが酔わされるに違いない。

 最初からテンション高めの夫と青年との関係のいさかいが高まるのが、浅瀬に乗り上げ、雨の一夜を過ごした翌朝。

 夫の挑発的ないたずら的振舞いで、青年が大切に持っていたナイフを海に落としてしまう。暴発した青年に夫が一発くらわしたはずみに泳げないことを打ち明けていた青年がそのまま海に落ちる。溺れる・・!妻が発した一言で、ずっと支配的な立場にいた夫の表情に初めて怯えの色が走る。

 結局、泳げないという青年の話はウソであり、青年を探しに飛び込んだ夫を尻目に、青年と妻は愛情を交わしてしまう。

 そして、陸が近付くと青年はそのまま去り、ヨットハーバーで再会した夫婦はまるで何事もなかったかのようにヨットを片付け車で走る。妻は青年が実は生きていたというが、既にうろたえ憔悴した夫は信じない、妻がけしかけた警察への出頭にかたくなにこだわっている。

 やがて差し掛かる別れ道、果たして夫婦は警察に向かうのか、家路に着くのか・・。どちらともつかない車を捉えたロングショットで映画は終わる。

 その時、誰もが肌の上にツーと滑り続けていた鋭く尖ったナイフの切っ先の呪縛の感覚から一気に解き放たれたような解放感に見舞われるに違いない。

 ルイ・マルの「死刑台のエレベーター」、スピルバーグの「激突」、世には伝説的なデビュー作があるけれどファーストショットからラストショットまで見事なテンションに貫かれた本作は際立っている。

 ちなみに「タンスと二人の男」は「Two Men and the Wardrobe」のタイトルにてYOUTUBEでいつでも見ることができます。これも必見の傑作です。是非、ご覧のほどを